『その点お前は安心だ』
あの日を境に私は出来るだけ跡部さんとの接触を避けていた。
とはいえ顔を合わせれば挨拶はするし、今まで通り食事の事はしっかりやっているのだから問題はないはず。
ただ、長く話したり家に上がったりというのは避けた。
別にあの言葉に傷付いたわけではない、と思う。
うん。
そんな事を考えながらスーパーで買い物を済ませる。
結構な荷物になってしまったけどこれくらいなんて事ない。
お店を出ると、思わぬ人物に出くわしてしまった。
非常に、非常に気まずい。
「あなた!この間の女!!」
「こ、こんばんは?」
思わず疑問形になってしまったのは仕方のない事だ。
目の前で凄い形相で立っているのは、先日跡部さんの家に来ていた女の人。
私の顔をしっかり覚えていたらしい。
私を見下す様にしてズイと詰め寄って来た。
「そんなに買い込んで…あなたまさか景吾と一緒に住んでいるとか言わないわよね?」
「ま、まさか!そんな事有り得ません」
「私だって家に上げて貰った事ないのに」
「あの!急いでるので!失礼します!!」
「な!ちょっと!!」
なんとかその場を切り抜けようと一歩踏み出すと、女の人の手がそれを邪魔して私の手と接触して…
ぎっしり詰まったエコバッグの中身が転がった。
「あ」
「!…私これから景吾に会いに行かなきゃいけないから、じゃあね」
そう言い残して足早に去る彼女。
普通なら怒る所だけどホッとした。
転がったものを拾い集めるだけでいいんだから気が楽だ。
あの女の人にこれ以上詰め寄られるより全然。
座り込んで落ちた物を拾っていると、横から手が伸びて来てもう1つのエコバッグを取り上げられた。
「!跡部さん」
「お疲れ」
「お、お疲れ様です」
そのまま彼も座り込んで一緒になって食材を拾ってくれた。
だけど何故か無言だ。
「…ありがとうございます」
「いや」
「じゃ、じゃあ」
「あーん?帰る場所は同じだろうが」
「…そ、そうですよね」
「お前、最近少しおかしいぞ」
「え」
「俺の事、避けてるよな?」
「!」
驚いて顔を上げると、困った顔の跡部さんと目が合った。
なんでそんな顔…
「お前に避けられるのは、どうにも堪えるな…」
「あ、跡部さん」
「この間の事、怒ってるのか?」
「いえ!怒ってなんかいません」
「さっきの女が何かして来たか?」
「違いますよ」
「俺に関わるのが…面倒になったか?」
「!そ、そんな事ありません!」
「ならいい。それなら、今まで通り接してくれ」
「ッはい!」
私の返事を確認するともう残りのエコバッグも軽々と手にして、跡部さんは微笑んだ。
綺麗だ。
なんて綺麗な人なんだろう。
いつにも増してそう感じた。
「帰るぞ」
「はい」
「今日は俺も手伝う」
「え?大丈夫ですよ」
「…俺が居ると余計時間がかかるか」
「や、そういう事ではッ」
「っくく、冗談だ。洗い物くらいさせろ」
「え…」
「一緒に食べるんじゃねえのか?」
「!」
「まあ、拒否権はねえがな」
「ふふ…横暴ですね」
「ふんっ…お前の作る食事は美味いが、1人で食べるよりお前が居た方がもっと美味い」
「あ、跡部さん…」
その後家に辿り着いても例の女の人が居て、諦めて帰るまで2人で外で待たされたのは想定外。
結局遅くなってしまったけど、久しぶりに跡部さんと食べる夕食は跡部さんの言う通り1人で食べるよりずっと美味しく感じた。
prev / next