キミのトナリ | ナノ

別世界

昨日は疲れた。
忍足さんから散々恋愛ハウツー的な話を聞かされて、脳内にあの低音がぐわんぐわんと鳴り響いている様だ
恋愛の話は苦手。
いつも通り1日の仕事を終えて、やけにぐったりしながら家に辿り着いた。
「…あれ?」
数メートル先、跡部さんの家の前に人影。
近付くにつれてそれが女の人だと気付く。
少しモヤっとしたのは気のせいだと思いたい。
すっっっごく綺麗な人だ。
だけど苛立った様に跡部さんの家のインターホンを押し続けている。
忍足さんが言っていた関わっちゃいけないオーラが満載だ。
そっと後ろを通り抜けようとした時、突然跡部さんの部屋のドアが開いた。
「景吾!やっと出てくれたっ」
嬉しそうな女の人の声が響く。
だけど何故かその人を挟んで跡部さんと目が合った。
目が合った瞬間、跡部さんがホッとした様な表情を見せたのは私の気のせいだろうか。
そして跡部さんは思いもよらない事を口にする。
「遅かったじゃねえの、早く上がれ」
「…へ?」
「はぁ!?」
私の間抜けな声と女の人の大きな声が通路に響いた。
跡部さんが玄関から身を乗り出して私の腕を掴む。
引っ張られる瞬間、女の人が物凄い形相で私を睨み付けた。
こ、怖い!
忍足さん!これはどうしたらっ!
思わず心の中で忍足さんに助けを求めつつ、引っ張られるままに跡部さんの部屋に足を踏み入れる。
私を後ろ手に隠した跡部さんは、玄関を閉めながら更に衝撃の言葉を口にした。
「悪いがこういうわけだ。もう俺に関わらないでくれ」
「!(えええっ!?)」
「ちょっと!景吾!?納得いかな」
彼女が全て言い終える前にガチャンと重い扉が閉まった。
妙な沈黙が流れる。
跡部さんが振り返って、酷く申し訳なさそうな顔で私を見た。
「苗字、悪い」
「は、はい…」
思わず返事をしてしまったけど状況は非常に悪い気がする。
ですよね、忍足さん。
「上がってくれ」
そう促して跡部さんは出口である玄関を塞ぐ様に立っていた。
私は軽く頷いてそれに従った。

「コーヒー…否、紅茶でいいか?」
「はい、すいません」
私がコーヒーが苦手という事を思い出してくれたらしい。
跡部さんが茶葉の入った缶を掲げた。
漂って来た紅茶の香りと共に跡部さんがこちらにやって来る。
広いソファの私の隣に腰掛けて紅茶を差し出してから話を切り出した。
「苗字…悪い。またお前に迷惑掛けた」
「いえ。だ、大丈夫です、多分」
何が大丈夫なのか、何が多分なのか自分でもよく分からないけど、跡部さんの酷く申し訳なさそうな表情に他に言葉が見つからない。
それでも、私が聞きたいと思っていた事をなんとか口にした。
「あの、でもいいんですか?あんな事言ってしまって…彼女さんじゃ無いんですか?」
「は?」
私の疑問に急にポカンとした顔になる跡部さん。
ん?別に変な事は言ってないよね?
そしてその表情をくしゃりと歪めて、今度は堪える様にして笑い出した。
「っくく、否、そうか…悪い」
「ちょ、あの…跡部さん?」
「さっきの女は彼女でも何でもねえ」
「え?そうなんですか?」
「ああ。仕事の付き合いで何度か食事をしたってだけだ」
「でもさっきの人はそんな風には…」
「居るんだよ、すぐ勘違いする女がな」
「…大変なんですね」
忍足さんから多少の事は聞かされて、住む世界が違うんだなとは思っていたけれど。
それを目の当たりにしてちょっと戸惑っている。
沢山の女性が跡部さんの隣を狙っているのだ。
そんな人の隣に住んでいる自分が、こんな風に普通にお茶をしている自分が酷く場違いに思えて来る。
「その点お前は安心だ」
「え?」
「普通に接して来ただろう?始めからずっと」
「…」
「俺はそれが新鮮で、嬉しかったのかもしれない」
「…跡部さん」
薄く微笑んだ跡部さんに思わず見惚れてしまった。
だけど…『安心だ』
その言葉が何故か私の心を締め付けた。
そうだ。
私は跡部さんの周りに居る女性の様に綺麗でも煌びやかでもお金持ちでも何でも無い、ただの凡人。
彼女たちと同じ様に跡部さんを想うだなんて事、身の程知らずもいい所だ。
跡部さんの隣人として親しくして貰っている事だけでも十分。
いつの間にか芽生えかけていた自分の気持ちを、今ならきっと無かった事に出来ると宥めた。

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