雨の金曜日の翌日。
つまり今日は休日だ。
私はいつも通り朝、食事を渡す為に跡部さんの部屋の前に立っていた。
インターホンを何度か押しているけど、跡部さんが顔を出す気配は無い。
どうしたものかと考えながらもう一度鳴らした所で、部屋の中からガタン!という物音がした。
部屋には居るって事だろうか。
コンコンとノックをしてみるけれど反応が無い。
電話してるとか持ち帰り仕事中とか…立て込んでいるのかもしれない。
そう考えて一旦持ち戻ろうと向きを変えると、ガチャンとロックが解除される音が響く。
勿論跡部さんの部屋の。
でもドアが開くでもなくシンと静まり返っている。
「跡部さーん?」
声を掛けても反応無し。
その時…
ゴン!ガタン!!
「!?あ、跡部さん!?」
驚いて食事を足元に置いてドアノブに手を掛けると、引いてもいないのにドアが手前に開く。
慌てて体をずらして部屋を覗くと同時に
「えっ!?」
「っう、」
跡部さんが雪崩れ込む様にして飛び出て来た。
咄嗟に受け止めたけれど、重みに耐えきれずにぐらりとよろける。
そんな事よりも大変だ!
跡部さんの体、熱い!
「跡部さん!大丈夫ですか!?」
「う、苗字、か?」
「はい!私です!お部屋、戻れますか?」
「ああ…っ悪い」
呼吸も荒く、酷く辛そうな跡部さんを部屋に入る様に促して、支えながら一緒にお邪魔した。
どさりとベッドに倒れ込んだ跡部さん。
そういえば寝室に入るのは初めてだ、なんて思う。
額には粒の汗をかいて眉間に皺が寄っていて、綺麗な顔が歪められている。
相当辛そうだ。
ちょっとすいませんと断りを入れて、倒れ込んだままの跡部さんの体を寝やすい位置に移動させる。
当然持ち上げる事なんて出来ないので、申し訳ないけれどズルズルと引き摺るしかない。
「っはぁ…苗字、移るから…帰れ」
「え?」
「風邪、移ったらどうするっ」
「大丈夫ですよ!それよりこんな状態の跡部さんが心配です」
「……ったく…う」
「今冷やす物と飲み物とか持って来ますから…ちょっと勝手に探させて貰いますね」
「ん…」
スポーツドリンクと氷枕、濡れタオルと解熱剤を手にして寝室に戻ると、跡部さんは額に腕を乗せて苦しそうにしていた。
「跡部さん、ちょっとだけ起き上がれますか?」
「…ん」
とりあえず返事はしてくれたので、背中を支えて起き上がるのを手伝った。
うん、物凄く熱い。
飲み物を渡すとゴクゴクと凄い勢いで飲み、続けて薬も飲み込んでくれた。
これでもう少しすれば少しは楽になるだろうとホッとする。
その後すぐに倒れる様に仰向けになった跡部さんのおデコに冷たいタオルを置くと、その表情が幾分か和らぐ。
だけど頬は蒸気して凄く熱そうだ。
無意識にそっと頬に手をやると、跡部さんの手が力なく私の手を掴んだ。
というか、包み込まれている。
勿論その手は驚く程に熱い。
「跡部さん?」
「冷たくて…気持ちいい」
「そうですか?」
目を閉じたままあまりに気持ち良さそうにしているので、もう片方の手も当ててみる。
すると瞼が重たそうにゆっくりと持ち上がり、虚ろな瞳と視線が絡んだ。
「苗字…」
「はい」
「もう少しだけ…居てくれ」
「!」
いつもの鋭い切れ長の目は影を潜め、綺麗な瞳は頼りなくゆらゆらと揺れていた。
その瞳にドキリと心臓が跳ねる。
思わず視線を逸らしてしまった。
「…」
「…」
「あ、あの…跡部さん…」
「…ん…」
「え…あれ…」
次に目を向けた時には、跡部さんは眠ってしまっていた。
私の片手を掴んだまま。
その手を解く気にもなれずそのままそっと下ろす。
少しだけぎゅっと握ってみた。
『もう少しだけ…居てくれ』
さっきの言葉と表情が思い出されて心臓の鼓動が早まる。
病気をすると心細くなるとよく言うし、きっと跡部さんも独り暮らしだし心細くなったんだろう。
そう思う様にして、ドキドキと煩い心臓をなんとか鎮めた。
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