キミのトナリ | ナノ

跡部さんと忍足さん

忍足さんに案内されて跡部さんのお家に上がらせて貰った。
だいたいいつも玄関先で食事を手渡すだけだったので、お部屋に通されるのは初めてだ。
全体的に黒と白で統一された、余計な物が無いシンプルなお部屋。
とても跡部さんらしいと思う。
って出会って間もない私が言える事じゃないけれど、私の中の跡部さんのイメージにはピッタリだ。
リビングに通されて落ち着かなくてキョロキョロしていると、忍足さんが声を掛けてくれた。
「名前ちゃん、こっち座り」
「あ、はい」
「今跡部がお茶淹れるで、ここで待っとこうな」
「え!あの、ご迷惑でなければ私やります!お2人はっ」
「ええよええよ。名前ちゃんはここに座っとったらええ」
「で、でも」
「座ってろ、苗字」
「は、はい…」
跡部さんに一蹴されてしまったので、忍足さんの言う通り如何にも高級そうなソファに座らせて貰った。
その後私の隣に腰掛けたのは忍足さんだ。
なんだか近い気がして妙に緊張する。
「名前ちゃん、跡部んちは初めてか?」
「はい」
「めっちゃ高そうなもんばっか置いてあるやろ?」
「あ…やっぱり高級なんですね、このソファとか」
「そうやね。アイツめっちゃ金持ちなんやで」
「そうなんですね。なんだか私みたいなのがお邪魔してるのが申し訳ないです」
「全然そんな事ないで?どうや?…毎日でも通いたなるやろ?」
「と、とんでもないっ!緊張して身が保ちません!」
「跡部みたいな男、彼氏にしたらめっちゃステータス高いと思わん?」
「うーん…想像がつかないので分かりません」
「…あんなアホみたいにイケメンで金持ちなんやで?」
「私、跡部さんの事まだ何も分からないので…」
「ちなみに俺もそこそこええ暮らししとるんやけど…俺みたいのなんかどうや?」
「どう?っていうのは?」
「跡部で敷居が高いなら俺辺りにしてみる?」
「あ、あの…」
「忍足…お前もう帰れ」
忍足さんから執拗に話し掛けられていた所に、紅茶を持った跡部さんがやって来た。
テーブルにカップを置いて私と忍足さんの向かいに座ると、忍足さんを睨み付ける。
「なんや景ちゃん。俺の事邪魔にして…そんなに名前ちゃんと2人になりたいんか?」
「お前。女を詮索するその尋問、いい加減止めろ」
「なんや。景ちゃんの事思って言うたったのに」
「コイツにはそんな事話したって意味ねえよ」
「景ちゃん。名前ちゃんの事めっちゃ分かってるみたいな口振りやね」
「お前も話しててすぐ分かっただろ」
「…まあな。跡部や俺の周りには絶対居らんタイプやな」
「ったく」
「景ちゃんがまた面倒な女に捕まらんように調べたったんやないか」
「俺は頼んでねえよ」
「景ちゃんの話ではめっちゃ真面目で律儀な子ぉやて聞いとったけど、実際話してみんと分からんやん?」
「もうよく分かっただろ…苗字に謝れ、忍足」
「ああ、分かっとるて。名前ちゃん、探るような事してほんま堪忍な」
「…いえ」
どうやら私は試されていたらしい。
忍足さんは私が跡部さんに害をなす女ではないか心配だったみたいだ。
…忍足さんからの問いの数々を思い出して納得した。

その後私の作った物で食事をした。
初めて食べた忍足さんも、美味いと言って沢山食べてくれたのでホッと一安心。
片付けを終えてお茶をしながら色々な事を話した。
私の女としての危険度の詮索は一切無くなったけど、普通の質問攻めに遭った事にはちょっと困った。
私には取り立てて人様にお話出来るような事は無い。
だけど2人の反応は意外なものだった。
仕事の事とか家族の事とか、私の返事があまりに普通過ぎてつまらないだろうと思ったのだけれど、2人は『普通』な人生を歩んで来なかったのだろうか…時には物珍しそうな顔をしたり、妙に興味津々だったり。
『普通』しか知らない私には、2人の反応が不思議で仕方ない。
彼らはいったいどんな派手な生き方をしているのだろうか。
私に聞く勇気は無かった。
そういえば忍足さんと跡部さんは同期入社らしい。
今同じプロジェクトに関わっているそうだ。
仕事の話になると全く内容は分からなかったけど、2人が信頼し合っているのは十分に見て取れた。
「ああ、すまん。名前ちゃん、つまらんかったやろ?」
「…そうだな。悪い、仕事の話に夢中になり過ぎたな」
「いえ。気にしないで続けてください」
「名前ちゃん、ほんま自分珍獣やで」
「珍獣!?」
「忍足、なんだよその言い方は」
「やって、こんな子ぉ周りに1人も居らへんやん!」
「あ、そ、そんなに珍しいですか…すいません」
「おい、苗字も何謝ってやがる!相手にするな」
「っはは!名前ちゃんほんまかわええわ!」
「…馬鹿にされてるんですね、私」
「忍足…」
「ちゃうで?名前ちゃん…冗談抜きで真面目に俺にしてみいひん?」
「…はい?」
「おい忍足!!」
跡部さんの大きな声が響いた。
『俺にしてみない?』って…さすがに私だって馬鹿にされてる事くらい分かる。
跡部さんには申し訳ないけど、私…忍足さん苦手だ。
思わずあからさまに眉間に皺を寄せてしまった。
目の前に座る跡部さんに見られていない事を願う。
私はゆっくり席を立った。
「お、おい…苗字?」
「あの…お邪魔しました。時間も遅いですし、私そろそろお暇します」
「え、名前ちゃん?」
「はい、なんでしょう?」
「なんや俺、嫌われてもうたんやろか?」
「すみません、ちょっと苦手です」
…思わず本音が出てしまった。
2人が目を見開く。
「にっ、苦手!!」
「っくく!はっはははは!!」
「跡部!笑うとこちゃうで!」
「自業自得だろう!っくくく!」
「俺、女の子ぉに『苦手』なんて言われたん初めてやっ!どないしよ!!」
「す、すみません」
「謝らんとって!なんや余計へこむ!」
「っはは!傑作だな忍足!」
楽しそうな跡部さん。
跡部さんはなんだかんだ言いながら、忍足さんには凄く心を許しているのだと思う。
私はどんよりした忍足さんにもう一度だけ謝って、跡部さんにご挨拶をして帰宅した。

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