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緑間



【歯科医】

憂鬱だ。
歯が痛い。
歯医者さんに行かなきゃいけない。
しかも行く場所は決まってる。
「…名前、お前は本当に学習出来ないバカなのだよ」
「返す言葉もございません」
「座れ」
「う…はい」
メガネのブリッジを指で押し上げて険しい顔をしているのは、緑間真太郎。
私の彼氏です。
歯科医の緑間先生は厳しい事で有名。
だけどその見た目から患者さんは後を絶たない。
予約はいつもいっぱいなので、私は特別に診て貰っているというわけだ。
「歯は磨いているのか」
「はい」
「何処が痛い」
「奥歯」
「診せてみろ」
「あい」
「…」
「へんへー(せんせー)?」
「…親不知が虫歯になっているのだよ、最悪なのだよ」
「うあぁぁあああ」

治療を終えて近くのカフェに入った私は完全に鬱状態だ。
「…痛いのだよ…」
せっかくカフェに入ってコーヒーを注文しても痛くて飲めない。
真ちゃんが仕事を終えて合流するまでに痛みが退くだろうか。
緑間先生は『優しくするのだよ』とか甘い事を囁きながらガリガリと痛い歯を弄った。
完全に鬼畜だ。
私はMじゃない。
マスクで隠れて見えなかったけどほくそ笑んでいたに違いない。
目元が笑ってたもん…。
暫く待つと、緑色の頭が入店して来た。
真ちゃんだ。
「真ちゃん!こっちこっ…い、痛い」
「当たり前なのだよ。バカかお前は」
「酷い…お疲れ様です」
「まったくだ。お前の治療にどれだけ時間を費やしたと…」
「あれだけ楽しそうにやってたくせに」
「ふん、あんな強力な虫歯を治療するのは歯科医冥利に尽きるのだよ」
「ほら笑ってるし」
「…行くぞ」
「うん」
店を出て向かった先は真ちゃんの家。
明日は2人とも仕事が休みなのでお泊りなのだ。
綺麗に片付けられた部屋に上がり込み、当たり前の様にキッチンに向かって夕飯を作るのは私の仕事。
『お前はバカだが料理の腕は認めるのだよ』と真ちゃんに言って貰える位の腕前ではある。
夕飯を作り終えてリビングに運ぼうとした所で真ちゃんに呼び止められた。
「名前」
「ん?」
「口を開けろ」
「へ?今?」
「食べれるか診てやる」
「うん。あーん」
「ん、出血は無いし穴も綺麗だ…さすが俺なのだよ」
「やった!もうご飯食べられる!うんうん、さすが真ちゃん!」
「…何故かお前に言われると腹が立つのだよ」
「えー!褒めたのに酷い!」
「ふん。ほら、運ぶぞ」
「うん!」

夕飯とお先にお風呂を済ませてリビングで寛いでいると、お風呂上りの真ちゃんがやって来てボスンと隣に座った。
「真ちゃん、疲れてるね」
「…そうでもない」
「肩でもお揉みしましょうか?」
「いらん…それよりも」
「ん?…あ」
ふっと近付いた顔に気付いた時には、真ちゃんの唇が私の唇に重なっていた。
ちょっと長くて深いキスに驚いて体を離すと、凄く不機嫌な顔をされた。
「なんなのだよ」
「い、いや、だって…今日治療したばっかだし…消毒臭いし」
「そんなもの気にならないのだよ」
「ええ!私はなんか嫌!自分が臭いのなんて!しかも自分の口の中っていうか奥の歯どうなってるか分からないし!」
「お前の口の中は俺が一番よく知っているのだよ」
「そ、それはそうだけど」
真ちゃんの顔がもう一度近付く。
『虫歯を作った罰なのだよ』そう言って再び唇が重なった。
息を切らして真ちゃんを睨み付ければ、不敵に笑って囁いた。

『尤も…お前が受診しに来ないのもつまらんがな』
私の彼は、結構Sなイケメン歯科医です。



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