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黄瀬



【美容師】

そろそろ髪切りたい!
そう思い立った私はすぐ行動に移し、行き付けの美容室を覗いた。
混んでたら雑誌でも読んで時間を潰せばいいだろう。
「名前っち!いらっしゃい!」
「どうもー」
「さ、ここに座って下さいッス!」
「え?もう?私予約してな…」
「しーっ!!!(…名前っちは特別ッスよ」
人差し指を立ててウィンクするキラキラした彼は黄瀬涼太。
高校時代のクラスメイトだ。
数年前たまたま入ったこの美容室に、当時はまだ見習いとして働いていた。
今では立派なスタイリストだ。
「台空いてるから先にシャンプーッスよ」
「分かった」
「はい、倒しまーす」
黄瀬くんのシャンプーは気持ちいい。
いつもウトウト眠くなって、うわー落ちると思った頃に丁度良くシャンプーが終わる。
ほら、今日もそんなパターンだ。
「眠くなったッスか?」
「んー。黄瀬くん上手だよね」
「そりゃ下積みしてるッスから」
「そかそか」
「はい、おしまい!移動するッス!ていうか名前っち…いつまで黄瀬くんなんスか?」
「え?だって黄瀬くんは黄瀬くんだし、よっこいしょっと」
「いい加減名前で呼んで下さいッス!…よっこいしょって何スか」
おばあちゃんみたいに椅子に腰掛けて、背凭れにどかっと背を預ける。
鏡を見れば、そこに映るのはレアな黄瀬くんの不機嫌顔だ。
「あら、黄瀬さんどうしました?」
「む」
「ほら、スマイルスマイル!私お客!」
「名前っち…黒子っちの事はテツって呼んでるのに…」
「だって小さくて可愛いし」
「ひど!俺はデカイから可愛くねーんスか!!」
「いや、黄瀬くんはかっこいいよね」
「!!!!」
ボンっと音がしそうな位、黄瀬くんの顔が赤くなった。
私はズルイ。
彼の私に対する気持ちを知ってる。
直接言われた事は無いけど、テツや笠松先輩に『何とかしてください(してやれ)』と再三言われ続けている。
だけどどうにも向き合えないのだ。
知り合ったのは高校だけど、中学の頃から彼は輝いていたと聞いた。
あのキラキラとしたアイドルのような彼が自分なんかを、と思う気持ちがストッパーになっているのだ。
私なんかとてもじゃないけど釣り合わない。
美容師なんていかにもモテる仕事してるんだから、素敵な女子は沢山居るはずだ。
だから…私なんか、だ。
「…名前っちは酷いッスね」
「…そうかもね」
「え?」
「なんでもない!今日もよろしくお願いしまーす」
「はぁ…分かったッスよ」
黄瀬くんに髪を触られるのは好きだ。
彼のしなやかな指が髪を梳く度にふわふわと幸せな気持ちになる。
だけど前髪を切る時に近付く顔には、もう何度ドキドキしたか分からない。
気付かれない様に必死に目を瞑って居る事、バレてないといいけど。
ほら、今だってそう。
息の掛かる距離。
目を開ければきっと眩しい位の黄色が視界に広がるんだろう。
「はい!終わったッスよ!」
「ありが…と…」
ホッとして目を開けると、さっきと然して変わらない距離に黄瀬くんが居た。
驚いて仰け反るような体勢をとってしまったら、酷く傷付いた顔をされた。
「名前っち、俺今日もう上がりなんス。一緒に帰らないッスか?…嫌じゃなければッスけど」
「い、嫌じゃないよ!」
「本当ッスか?」
「うん、外で待ってる」
「!じゃあ、すぐ行くから待ってて下さいッス!!」
先程の不安げな表情とは打って変わって、今度はパァッと花でも咲きそうな笑顔だ。
支払いを済ませて退店し、お店から少し離れた所で待つ。
すると目の前を見知った顔が通った。
「笠松先輩!」
「うぉ!苗字!!何してんだこんな所で」
「黄瀬くん待ちですよ」
「黄瀬!?そうか!お前らついに!!」
「…残念ですが違います」
「なんだよ…ああ、髪切ってきたのか」
「はい。すいませんね、未だ足踏み状態で」
「全くだぜ!早く嫁に貰ってやれよ!つか髪いいじゃん、似合ってんな!」
「嫁って!貰われたいのは私ですよもう…あ、ありがとうございます」
笠松先輩が私の髪を一束掬ってパラパラと落とした。
ニッと笑って頭をぽんぽんされていると、後ろから響く焦ったような声。
「笠松先輩!何してんスか!!」
「よぅ、黄瀬!」
「嫁ってなんスか!貰われたいって!?つか名前っちの髪触っていいのは俺だけッス!いくら笠松先輩でもっ」
「ちょ!ききき黄瀬くん!」
「駄目ッス!お嫁なんて!!名前っちをお嫁に貰うのは俺ッス!!これだけは絶対誰にも譲れないッス!!」
「りょ!涼太っ!!」
「ヒュウ!」
「!!名前っち…今…」
「分かった!よく分かったから!もう恥ずかしいから止めて!死んじゃう!!」
「ぶくく!黄瀬、良かったな!名前で読んで貰えるわ、気持ちも分かって貰えるわ…最高じゃん!じゃ、俺帰るから!結婚式には呼べよー」
颯爽と去っていく笠松先輩の後ろ姿を見送りながら、私の顔はみるみるうちに熱を持った。
目の前の黄瀬くんはこれでもかと目を見開いて頬を染めている。
はは…なんか、私より女子。
「名前っち…」
「もう。後で笠松先輩に謝っといてよね、…涼太」
「っ!はいッス!!!」



誰もが見惚れるイケメン美容師が、私の彼…後に夫になりました。



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