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※いろいろ捏造
※武器マス






「こんばんは」


 かけられたのは爽やかな青年――否、少年の声だった。


 案の定振り返った先に見たのは年の頃15、6歳と言った様子のまだまだ子供っぽさが抜け切らない少年の姿。ゆるく波打つやわらかそうな緑の髪の上に帽子を載せて、口元には穏やかな微笑を浮かべている。こんな夜中に、子供がひとりでギアステーションを訪ねて来るとは、一体何の用があるのだろうか。ノボリが挨拶と疑問を呈する前に、緑髪の少年が、再びゆっくり口を開いた。

「サブウェイマスターは、どちらにいらっしゃいますか?」

 微笑む少年の口から飛び出たのは、自分の役職名だった。もしかしたら彼は、このバトルサブウェイに挑みに来たポケモントレーナーなのかもしれない。サブウェイマスターはわたくしですが、と一言答えると、少年は少し驚いたように目を丸くした。マスター、と言うからには、もっと強そうな人間を想像していたのかもしれない。…些か複雑だが、たまに言われることだ。もっと屈強そうな男かと思っていた、と挑戦者に驚かれる。この少年もその中の一人なのだろう。


 少年はまじまじと観察するように上から下までノボリを眺めた後、どうやら納得してくれたらしく、キミがそうだったんだね、と少しだけ嬉しそうに呟いた。そして何を思ったのかその場でくるりと身を翻し、ノボリに背を向けた。二歩、三歩と歩いて距離を取る。暫く歩いた後、少年はおもむろに足を止め、いつの間にか手にしていたモンスターボールの開閉スイッチを緩慢な動作で押し込んだ。

「行っておいで、シンボラー」

 少年が呟くと同時に、ボールからカラフルな色合いの鳥のようなポケモンが飛び出した。

 ボールの中から解き放たれたシンボラーは、その翼を大きく広げ、威嚇するようにノボリを見下ろす。ノボリはほぼ反射的に自らもボールを取り出していた。

「行きなさい、ギギギアル!」

 ノボリのボールから現れたギギギアルは、噛み合ったいくつもの歯車を回しながら、シンボラーと主の間に割り込んだ。瞬間、少年のシンボラーが容赦なく衝撃波を放つ――サイケこうせんだった。鋼タイプであるギギギアルに対しては相性の悪い技だが、人間に対しては別だ。

 おそらくギギギアルを出すのが一瞬遅れていたら、あのサイケこうせんを食らっていたのはノボリだっただろう。少年は明らかに、トレーナーであるノボリ自身を狙って攻撃していた。自分と距離を置いた少年をキッと睨みつけると、少年は相変わらず微笑んだままだ。ぱちぱち、と感情のこもらない拍手が送られる。

「さすがサブウェイマスターだ。ボクのトモダチの攻撃を防ぐなんて。…防いでくれなかったら困るけれどね」
「……一体何のおつもりですか、お客様。わたくしとバトルがしたいのなら、シングルトレインもしくはスーパーシングルトレインにご乗車の上、そこで待つトレーナーに20連勝して頂かなくては」
「とぼけるのかい?ボクがそんなことをしに来たのではないと、薄々察しているくせに」
「……、あなた様は一体、何なのですか」

 敵意を剥き出しにしたノボリの言葉に、少年は大仰に両手を広げてみせる。

「ボクはN。プラズマ団の王様」
「……プラズマ団?」

 N、と言う不可思議な名前に疑問を抱くより早く、後に続いた聞き覚えのある組織の名前に、ノボリは眉を動かした。

 プラズマ団の名には聞き覚えがある。……以前、このギアステーションが位置するライモンシティの近辺でも、悪戯をしでかしてくれたタチの悪い悪徳宗教団体のような組織だ。王様、と言うからには、彼がそのプラズマ団のリーダーだとでも言うのだろうか。ノボリはさらに警戒心を強めて、Nと名乗る少年を見据える。

 怖い顔だね、とNはどこか楽しそうに零した。

「プラズマ団のことはキミも知っているよね」
「……わたくしのポケモンたちも奪うおつもりですか?」
「さすがにそんな無謀な事はしない。戦ってもボクが負けるのは見えているから」

 Nは言いながら、シンボラーをモンスターボールに引っ込めた。ノボリも続けてギギギアルをボールに収め、再び二人きりとなったギアステーションで、真っ向から自称プラズマ団の王を睨んだ。物静かな口調と冷静さを崩さない態度ではあるものの、ノボリの迫力は、一般人が見ても足が竦みそうなまでの気迫があった。しかしNは動じるどころか、その幼さの残る顔に笑みを貼り付けたままだ。何を考えているのか、…はたまた何も考えていないのか。

「だけど、いつかはキミのポケモンも解放させるよ。キミに限らず、もう一人のサブウェイマスターも」
「……プラズマ団が何をしようが、わたくしたちには関係ありません。あなた方が外で何をしていようと、わたくしたちはバトルサブウェイにて挑戦者を待ち続けるだけですから。ですが――」

 ノボリが地面を蹴る音が、ギアステーションに小さく反響した。微笑を絶やさないNに向かって、ノボリが駆ける。到底一般人では反応できないような速度だった。Nに密着せんばかりに接近、取り出したサバイバルナイフを白い首筋に突きつける。このまま思い切り手を引けば、あっという間にやわらかい肌は切り裂かれ、血が噴き出すことだろう。ぐ、と軽くナイフを押し付けながら、ノボリは低い声で囁いた。

「このバトルサブウェイの秩序を乱すと言うのならば、わたくし、一切の容赦は致しませんので」
「……フフッ。ポケモントレーナーなのに物騒なものを持っているね」
「本来は使う事のないサブウェポンのようなものですので、切れ味は保障できないのが残念です」
「怖いね。あっさり切れない分痛そうだ」

 肩を揺らして笑いながら、Nはナイフの腹を指でなぞった。死が恐ろしくないのか、どうせ殺されないだろうと高をくくっているのか。……どちらにせよ食えない少年だ。ノボリは溜息を零してナイフをゆっくりと下ろした。ありがとう、と Nは穏やかに言いながら、ナイフの当てられていた喉元を軽く擦る。

「今夜はただ挨拶に来ただけだから、ボクは帰るとするよ。さようなら、サブウェイマスターノボリ。サブウェイマスタークダリに、どうかよろしく」

 どこか道化めいた一礼とともに、Nは長髪をなびかせながら、くるりと背を向けた。ゆったりとした足取りで階段を上るその背中にナイフを投げてやりたいと言う衝動に駆られたものの、ギアステーションを無駄な血で汚すのも面倒だ。どうにか思い留まって、ノボリは懐にナイフを収めた。

「……何がよろしくですか、食えないガキですね」


 ノボリの小さな舌打ちは、Nの足音にまぎれて消えた。





++++
ポケモン解放を糾弾するなら、ポケモンバトルが日常茶飯事のサブウェイなんて格好のターゲットすぎて…
わたしはNをなんだと思っているのか


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