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 兄弟で“する”ことに、たいした抵抗も違和感もなかった。普通のことだと思っていたし、なにより、双子の弟があまりにもうれしそうにするものだから。ただそれだけで良かった。



「ねえノボリ、ちゅーしよ!」

 ああ、またか――内心そんなことを呟きながら、ノボリはちいさく溜息を漏らした。
 双子の弟にこんなことを要求されるのは、初めてではない。むしろ幼い頃は自分も喜んでクダリと唇を重ねていたほどであり、兄弟でキスをすることに抵抗はなかった。今でもそのことに疑問を抱いたりはしないし、弟が成長した今でも変わらずに甘えてきてくれるのは、正直に言って嬉しい。
 普通これくらいの歳にもなると、兄弟と言うものは自然に離れていってしまうものだが、クダリは変わらずに居てくれる。喜ばしいことだ。

 ……しかし、それとこれとは話が別だ。

 顔を近づけてくるクダリをやんわりと押しのけながら、ノボリは再び溜息をつく。
 とてもではないが、クダリとキスなんて、今の自分にできるわけがない――とは言え、もちろんノボリがクダリを嫌いになったわけでも何でもない。それどころかひた隠していようとしているにもかかわらず周囲にブラコンと囁かれるほどであるし、このいつまでも幼い弟は今も昔もいとおしい存在だ。

 だからこそ、困る。

 自分が弟を愛する感情は、普通の兄弟のそれではない。ノボリは一人の男、別個の人間として、彼自身へ想いを寄せていた。兄弟として許されざる感情であることはわかっているが、恋は落ちるものとはよく言ったもので、もう這い上がれそうにもない。

 そんな自分の浅ましい感情を知りもしない無邪気な弟は、昔と同じようにキスをせがんでくるが――こちらからしてみればとんでもないことだ。そのまま何をしてしまうかわかったものではない。ただでさえスキンシップの激しいクダリだ、キスだなんて――。

「ノボリ、最近ずっとちゅーしてくれない!どうして?ぼくのこと、嫌いになった?」
「そういうわけではございませんが…」
「じゃあいいじゃん!」
「いや、あの、クダッ」

 ノボリの制止もむなしく、クダリはやわらかい唇を強引に押し当ててきた。キスといっても子供じみたものだ。重ねて触れあわせるだけの、幼稚でかわいらしい口付け。
 ……そんな幼稚でかわいらしい戯れですら、今のノボリには十分すぎる刺激だと言うのに。

「……ぷはっ!えへへ、ノボリのちゅー、奪っちゃった!」
「………クダリ…。あなたと言う人は……」
「あれ?ノボリ、顔真っ赤。暑い?」
「……わたくしには時々、あなたの白いコートから黒い翼が見えますよ」
「黒い羽根?そんなのついてないよー、変なノボリ」

 時々――いや時々どころか、常にこの子供は残酷だ。無知は罪とはまさにこのこと。ノボリは深々と肩を落として、本日三度目の溜息をついた。その隣ではクダリがデンチュラに嬉しそうに話しかけている。何事もなかったかのように。

 …ええわかっていますとも、クダリにとって今の『ちゅー』とやらは、所詮兄弟同士の戯れでしかないのでしょう。

「……ほんとうに、あなたと言う人は…」

 ノボリの溜息も言葉も、ノボリのこころさえも、クダリにはまったく届いていない。



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