お気に入りのポーチの奥から、ころりとなにかが転がり落ちた。落ちた何かはガレージの薄汚れた床をころころと転がり、テーブルの脚にぶつかって止まる。いけない、とアキはしゃがみ込んで、それを拾い上げた。 銀色の指輪だった。細く折れそうで、華奢なリングは、きっとアキの白く細い指によく似合う。こんなもの持っていたかしら。軽く首をかしげた瞬間、ふ、と思い出す。 アキ。アキ、誕生日おめでとう。私からのプレゼントだ。きっとお前によく似合う。 そう言ってあのひとは、優しく穏やかに、ほほえんだのだ。生まれてきてくれてありがとう。出会ってくれてありがとう。そしてアキの手をうやうやしく取ると、デュエルの邪魔にならないよう、左手の人差し指に、この指輪をつけてくれた。 ディヴァイン。あの男のあつらえた指輪はアキの宝物だった。いつの間にか、忘れてしまっていたけれど。 「アキ?そんなとこでしゃがみ込んで何やってんだ」 軽い調子の言葉と共に、ひょい、とクロウが後ろから手元を覗き込んできた。一瞬どきりとしたが、アキの動揺をよそに、クロウは笑みを見せる。 「お、イカしたもん持ってんな。お前の?」 「え…ええ。誕生日にね、貰ったの」 「へー。指輪を贈られるなんて意味深じゃねぇか。男か?」 「馬鹿」 肘でたくましい腕を突いてやると、クロウはへらりと笑って、図星なんだな、と漏らす。興味があるのかと尋ねると、どこか意味ありげに肩を竦め、再び手元の指輪に視線を落とした。 「……誰に貰ったんだ?遊星…なわけねぇし。恋人とか」 「恋人なんて居ないし、居たこともない……わよ」 そうだ、恋人ではなかった。まして親子でも、兄妹でも、友人でも。ディヴァインにとってアキは駒であり、アキはディヴァインに救いを求め、縋り、依存していた。ディヴァインはただアキの帰る場所だった。 慕っていた。愛していた、心から。彼にとってはただの駒でも、ただの道具でも。アキがディヴァインという男を想っていたのは事実だ。 「……たいせつな人だったの。誰よりも、何よりも」 …誕生日なんて、どうでもいいのに。私にはディヴァインの言ってることがわかりません。 あの時は言えなかった言葉。わからなかった意味。今なら言える気がする。ディヴァインがくれた言葉の意味も、わかる気がする。 利用されていただけだとしても、復讐のための価値ある駒としての認識でも…ディヴァイン、貴方の言葉は、とても尊いものだった。 「……ありがとう」 ありがとう、私の大切だった人。出会ってくれて、ありがとう。 アキは、小さな指輪を握り締めた。忘れないようにポーチの一番上にそっとしまって、帰ったら、いつも目に入る場所に置こうと思う。 もどる |