(ジャ→遊→京前提) 人の感情の機微には疎い方だ。この鈍感、クロウにそう何度罵られたかはわからない。ただ長年共に過ごしている幼馴染のことがわからないほどではない。見ていてすぐにわかった。ああこいつは、あの男のことが好きなのだ。気がつけば視線で追っているし、彼が居ないときはどこか切なげな溜息を漏らしている。こいつは恋をしている。ジャックはきっと当人よりも早くそれを悟っていた。 あの男、鬼柳京介には自分自身好感を持っていた。ふらりと現れたその男は驚くほど自分たちにあっさり馴染み、かけがえのない親友にまでなっていた。チームサティスファクションも、自分たちの中で大きすぎる存在となっている。 遊星が好きになるのも、どこかで仕方がないと思っていた。 その思いがあるからか、鬼柳に自分の気持ちを早く伝えてしまえばいいのに。ずっとそう考えていた。結果はどうあれ、伝えなければ何もない。だから、思い切って聞いた。鬼柳に、好きだと伝えないのか、と。 そう問われた遊星は最初目を白黒させていたが、やがて自身の鬼柳への思いを知られていると悟ったのか、ごまかすようなことはせず、ただ悲しげに首を振った。 「今の関係が壊れるくらいなら、いいんだ。一緒にいられるだけで、俺は……」 そう呟く遊星の瞳は暗い。本音ではないのだとすぐにわかった。いいわけがない。誰よりも鬼柳のそばにいて、鬼柳の唯一になれたら、鬼柳を自分だけのものにできたら。きっとそう思っているのだろう。その背中を押してやりたかったが、そんなことをしても遊星自身に言うつもりがないのなら、意味はない。言わないといったら、彼は絶対に言わないつもりだ。 その肩を包み込むのが、その苦しみをわかちあうのが、自分であったならどんなにいいだろう。 ジャックはそう思いながら、そうか、とだけ小さく呟いた。 「鬼柳。遊星のことを、どう思っている」 その晩鬼柳と顔をあわせたとき。不意に、口をついて出てきたのがそれだった。眠たげな瞳をこちらに向け、鬼柳はかくりと首をかしげる。 「どうって、何だよ。そりゃあ好きだぜ。仲間だもんな」 「それだけか?」 「ああ。それ以外に、何があるんだ?」 確かに一般的感覚で言えば、彼らは男同士なのだから、「仲間」や「友達」以上の好意を示す言葉も関係もないだろう。それは重々承知していたが、遊星のあの表情を思い出すと、どうしても。 「変な奴。ま、何でもいいけど…遊星に気ィ遣いすぎんなよ。好きなのはわかるけどさ」 「……何?」 「好きなんだろ。遊星のこと」 それが仲間や友人としての意味合いで言っていないことはすぐにわかった。鬼柳はきょとんとジャックを見つめている。 何だ、そういうことを、許容しているではないか。しかも、自分の遊星への想いに気づいている。完璧に隠しているつもりだ、誰にも悟られないように。そばに居たからこそ、気づかれないように。 ジャックは眉を寄せ、睨むようにして鬼柳を見据えた。 「鬼柳。お前、気づいているんじゃないのか」 「さぁ?」 「鬼柳!」 肩をすくめる鬼柳に怒声を浴びせかけると、熱くなるなよ、と挑発的に笑われる。 「……気づいているなら、何故」 「………遊星がオレをどう思ってっかなんて知らねえけど。もし遊星がオレをどうにか思ってたとしたって、遊星が何もアクションを起こしてねーのに、遊星を仲間としか思ってないオレから何か言ったって、仕方ないだろ?」 「お前、………」 遊んでいるのか、からかっているのか。それとも、善意からか。何をもって鬼柳がそう言ったのかはわからないが、ただひとつ確実なのは、その言葉と考えはジャックの神経を逆撫でするようなものだったということだ。ジャックは鬼柳の胸倉を乱暴に掴み、引き寄せた。息がかかる距離。鬼柳が薄く微笑む。 「……おいおい、いいのかよぉ?こんなことして」 「喋るな。俺は今腸が煮えくり返りそうなんだ」 「ははっ、お前って遊星のことスキだよなぁ……可愛いとこあんじゃん。遊星に見せ付けて、あいつが行動できるようにしてや、」 「黙れ」 ジャックは噛み付くように鬼柳にくちづけた。前歯がぶつかり、がつんと鈍い音を立てる。口の中でも切れたのか、鬼柳は痛みに顔をしかめてジャックを見上げた。 「……遊星はオレが好きで、お前は遊星が好きなんだろ。いいのかよ」 「お前が動かんなら俺が動くまでだ」 「……お前、尽くすタイプなんだなァ……」 どこかしみじみと、鬼柳が呟いた。金の瞳は少しもその余裕を失っていない。それが余計にジャックの癇に障った。もう黙れ、そういう意味を込めてもう一度唇を重ねる。強引に歯列を割り、舌をねじ込ませた。口内をまさぐっていると、鉄のような苦い味が舌先に触れる。同時に、鬼柳の肩が小さく跳ねた。どうやら、先ほどできた傷らしい。 執拗にそこばかり舐めあげると、されるがままだった鬼柳が始めて抵抗らしい抵抗を見せた。どんどんと胸を叩かれ、しぶしぶジャックは唇を離す。息を荒げながら、鬼柳は口の端を持ち上げるだけの薄い笑みを浮かべた。頬は心なしか引きつっている。 「ジャック、おま……趣味、わりーぞ」 「なんとでも言うがいい。お前ほどではないがな」 言いながら、今度は首筋に軽く噛み付いた。頭上から、くぐもった呻き声が漏れる。 「おい、ジャック……」 いい加減にしろ、と鬼柳が言いかけた時だった。何か重たい金属が落ちる音がして、二人の視線がそちらに向けられる。二人の視線の先に居たのは、呆然と立ち尽くす、ジャックの思い人。足元には工具が転がっている。 「どう、して」 遊星のかすれた呟き。わかりやすく震えた声が、痛々しささえ感じさせる。どうして、ともう一度か細い声で呟かれた。 「遊星―――」 ジャックが何か言おうと、遊星に呼びかけたときだった。 突然鬼柳の手が伸びてきたかと思うと、ぐい、と無理矢理首を回される。そして頭を引き寄せられたかと思うと、自ら唇を重ね合わせた。ジャックでさえ驚き目を見開く。今遊星がどんな表情をしているのか、二人に知るすべはない。ただ、かすかに届く荒い息づかいだけが遊星の動揺を伝えてきた。 なんとなく視線を感じる。痛いほどの敵意。どうしてと、疑念の思い。 (お前は俺を見ているのか、遊星) この瞬間、遊星は、自分だけを見ているのだろうか。自分の思い人と唇を重ね合わせる幼馴染を、どんな思いで見つめているのか。そう考えると、背筋を何かが這い上がってくるようだった。 どうやら鬼柳の言うとおり、自分は大概悪趣味らしい。そう思いながら、ジャックはより深く鬼柳にくちづけた。 何かが壊れていく音にはきこえないふりをする。 |