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 よかった、と。心の底から安堵した。
 ちょっとしたことで意見を違え、喧嘩をしたのだ。だけれど彼は、怯えながら謝る自分を見て、困ったように眉を下げ、慰めるように頬に触れてきた。本当に困ったような表情。普段強気で自信に満ちた彼が見せることのない顔に、こんな状況でなければ笑ってしまっていただろう。それくらい情けない顔をしていた。そして自分を優しく見つめて、俺が悪かったんだ、お前は悪くない、少し気が立っていただけだったんだ。そう言って、すまなかったと謝ってくれた。
 彼は怒っていなかった。勝手に勘違いし、思い込んでいただけだった。本当によかった、そう、思った。もし口をきいてくれなくなったらどうしよう、そんな不安ばかりが渦巻いていただけに、その喜びと安堵はひとしおだ。
 思わず、涙が零れた。彼はぎょっとして、また情けない顔をした。

「相棒、なあ、相棒」

 彼の心の部屋の中、部屋の主はおろおろしながらそう声をかけてくる。

「ど、どこか痛むのか?それとも気に障ることを言ってしまったか?」

 相棒、そう困ったように呼びかけてくるもう一人の自分自身。姿かたちはそっくりなのに、まるで別人のようだ。自分よりも少し高い背、同じパーツだとは思えない整った顔立ち、やや低く安心させてくれる声。やっぱり自分は、彼のことが好きなのだと改めて思った。だからこそ、嫌われていなくてよかったと、こんなにも泣いているんだと思う。
 彼は自分が悲しいから泣いているのだと、思ったのだろうか?それは違った。悲しいからではなくて、嬉しいから、泣いている。ゆるくかぶりを振って、そうじゃないんだよ、と微笑んで見せた。

「嬉しいから……嬉しかったから、泣いてるだけなんだ。どこも痛くないし、君はそんなこと言ってないよ」
「嬉しいのに泣いているのか?……嬉しいなら、笑えばいいだろ。なんで泣くんだ……」

 細くしなやかで、骨ばった指が、頬に触れる。それが涙を拭ってくれているのだとわかると、彼の優しさに、今度は自然と笑みがこぼれた。

「嬉しくても泣く時はあるんだよ。もう一人のボクは、そういう経験ってない?」
「……どうだろうな、わからない。だけどお前が悲しんでるわけじゃないなら、それでいい」

 そう言って、片割れはふっと笑った。彼は優しい。庇護対象から、共に立ち歩き戦うパートナーだと認識を改めてくれた以降も、こうした優しさを見せてくれた。それは仲間の誰にも向けられないものだった。それを嬉しく思うこともあれば、戸惑ってしまうこともある。今は、きっと前者だ。

「相棒、目元が赤いな」
「え?ああ……泣いてたからだね」
「だな。熱くなってるぜ、戻ったら冷やした方がいい」
「うん。ありがと、もう一人のボク」

 笑って礼の言葉を述べると、自分よりもやや切れ長の瞳が大きく見開かれた。そしてまじまじと顔を見られたかと思うと、不意に手が頬をすべり、顎にかけられる。もう一人のボク?そう呼びかけてみるが、返事はない。どこかぼんやりとした表情の、彼の顔が迫ってくる。驚きの声を漏らす間もなく、制止する余裕もなく、どんどん距離が狭まり―――息がかかる距離まで近づいた頃、はっとしたように顔が離れていった。

「も、もう一人のボク……?」
「……す、まない、相棒。お前の泣き顔を見てたら、……なんとなく、……いや、いい。悪かった。今のは……忘れてくれ」
「……うん……」

 今何をされそうになったんだろう、そう思って、間近に迫った顔を思い出す。蒸発してしまうのではないかといらない心配をしてしまうほど、顔が熱くなった。しばらくこの部屋に入るのやめよう。決意も固く、もう一度彼の顔を見る。同じ顔は、同じように赤かった。







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