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 真剣な眼差しでパソコンと向かい合う遊星。ボクの隣で作業に没頭する彼は、キーボードを打つことと、数秒に何回か瞬きする程度で、他はほとんど身動きしなかった。それだけ集中しているのだろう。隣にボクが居ることも忘れたかのように、ひたすら画面と睨み合っている。ボクは試しに、つん、と遊星の腕をつついてみたが、遊星は全くの無反応だった。無視しているのか、ボクが触れたことに気がついていないのか。

 ……ボクは反応を返さない遊星の横顔を見つめながら、不意に、思い出した。

 “カードの精霊”が見えると言う龍可に、ボクは一度好奇心から、「精霊には触れられるのか」と聞いたことがある。彼女の話を聞くには、精霊はいつもふわふわと漂っていて、姿も半透明である、どこか幽霊のような存在らしい。そんな彼らに、触れられるのか。純粋な好奇心と興味だった。龍可は嫌な顔をせずに、微笑みながら答えてくれた。


『そこに“いる”ってことはわかるんだけど、ちゃんと触れるわけじゃないの。たとえば…クリボンとかは触ってもふわふわしていないし、あたたかいわけじゃないわ。ただ、そこに何かが“いて”、体温が感じられるような、気がする…って感じ。精霊の世界じゃ違うけど、こっちの世界だと、アキさんみたいに実体化させられないから……』


 触れているようで、触れていないような、とても曖昧な感覚。精霊なんてものが見えないボクにはよくわからないけど、とにかく精霊と言うものは不確かなのだと、ぼんやり思ったのは覚えている。
 そしてそこに居るのに触れられないと言うのは、とても、悲しいことだろうなと思ったことも―――。

 今ボクは、遊星に触れることができる。さっきだって、そうだ。ちゃんと触れた。体温を感じた。そこにいると、はっきりわかった。だけど遊星は、こちらを振り向いてくれない。気がついてくれない。それはボクが、遊星に、触れられていなかったからではないかと―――おかしな、言いようのない不安に駆られた。

 ボクはちゃんと、遊星に触れられているのだろうか。

 遊星はちゃんと、ここに“いる”のだろうか。そんな不安と焦燥が、急に、膨れ上がる―――。


「……ブルー、ノ?」


 不安と焦燥に急き立てられるように、ボクは思わず、遊星の腕を掴んでいた。遊星は顔をこちらに向けて、驚いたように目を丸くして、ボクのことを見つめていた。蒼い瞳に、恐怖が滲むボクの顔が、はっきりと映っていた。どうかしたのか、具合でも悪いのか、と心配そうな顔をする遊星は、確かにボクを見ていて。遊星の腕を掴むボクの手に重なる体温は、紛れもなく遊星のものだった。

 ……遊星はここにいる。ここにいて、ちゃんと触れられる。そのことに、そんな当たり前のことに、ボクはひどく安堵していた。遊星は精霊じゃない、人間だ。当たり前なのに、ボクは、遊星が精霊のようにとても曖昧な存在なのではないかと思って、怖かったんだ。

「遊星。遊星は……ここにいるよね、ちゃんと、……」
「何を言ってるんだ……?当たり前だろう。俺はここにいる。今だって、こうして……」

 遊星は困ったように、重ねられたボクと遊星の手を見た。ちゃんと、触れられている。だからここにいるのだと、遊星は、そう伝えてくれた。ボクを安心させるように、遊星の手に力が込められる。あたたかい手だった。


「どうしたんだ、ブルーノ。何かあったのか……?」
「……ううん、違うよ。そういうんじゃないんだ。ごめんよ、遊星……そうじゃないんだ……」


 ボクは遊星を抱き寄せた。椅子に座った状態だからか、遊星は少し居心地悪そうに身じろぎする。ボクはそれを許すまいといっそう強く抱きしめた。このまま遊星がどこかへ消えてしまわないように、しっかりと。遊星は何か言いたげにボクを見上げて、けれどすぐに諦めると、そのままゆっくりと目を閉じた。

 遊星の体温を、強く感じる。彼はボクよりも体温が高かった。あたたかい体。半透明でも、ふわふわと不安定な存在でもない。ちゃんとここにいて、ちゃんと触れられる、れっきとした人間だ。人間なんだ、遊星は。精霊じゃない。ちゃんとここにいて、ボクにも触れることができて、ボクも見ることができるんだ。



 自分に言い聞かせるように何度もそう反芻して、腕の中の遊星の身体を、ぎゅうと強く抱きしめる。少し苦しそうに、遊星がうめいた。



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