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「お前さあ、もうそれ、やめろよ」

 クロウの進言に、鬼柳は気の抜けた声で、なにが、と呟いた。ソファの上にだらりと投げ出された長い脚を億劫そうに組み替えて、ぼんやりとどこかうつろな瞳でクロウの姿を捉える。まるで自分のことなど見ていない。金の瞳は、無機質に周りの風景を映し出すだけだ。それはチームの仲間の自分も、もちろんジャックや遊星も例外ではなく。こうして鬼柳は時々、いつも好奇に爛々と輝く瞳をガラス玉のように丸めて、外の世界を自身の中から弾き出す。

 やれやれ、と溜息をつくのも何度目だろうか。クロウはわざと足音を立てて鬼柳の方へ歩み寄った。それでも心ここにあらずと言った風な鬼柳は、クロウに見向きもしない。それが無性に苛立つ。クロウは何の断りもなしに、鬼柳の顔に手を伸ばして、咥えられていたものを取り上げた。何十分も吸っていたらしく、既にかなり短くなっていた煙草だ。鬼柳の瞳がようやくクロウをしっかりと見据える。


「あっ、おいクロウ、かえせよ」
「今さっきやめろって言っただろ。話聞いてねーな」
「聞いてたよ。別にそれはいいだろ、返せって」

 鬼柳はようやくはっきりとした意識を持ってクロウの言葉に答え、返せ返せとぼやきながら手を伸ばしてくる。自分の呼びかけにはろくな答えを返さなかったくせに、こんなもののためになるとこれか。怒りや呆れを通り越して、もう言葉もない。クロウは小汚い床に取り上げたばかりの煙草を落として、思い切り靴の底で踏みつけた。
 何すんだよ、と鬼柳の不満げな声が上がる。

「ちぇ、最後の一本だったのに」
「……何で吸うんだよ、こんなもん」
「別に。ちょっと興味本位で手ぇ出してみたら、意外といけただけ」
「嘘つけ」
「はぁ?聞いておいていきなりそれはねーだろ」

 嘘であることは否定しないのか。
 もう溜息すら出てこない。サテライトを制覇してから、鬼柳が少しおかしくなったのは皆知っていることだが、まさかここまでとは思わなかった。言葉の端々に、行動のひとつひとつに垣間見える。今回の煙草もそうだ。以前はこんなもの毛ほども興味をなかったくせをして、おかしくなり始めてからいきなり手を出した。
 これではまるで―――思いかけて、クロウは緩く頭を振る。これ以上は考えたくなかった。考えれば、本当に鬼柳がそうであると認めざるを得ない。見下ろした渦中の人物は、まだ不機嫌顔をしている。


「とにかく、これっきりにしろよ、こんなもん。いいな。見つけたらまた取り上げんぞ」
「へいへい」
「……つーかこっちも迷惑なんだよ、煙とか」
「とかってなんだよ」


 食いつくところが間違っている。鬼柳はソファに寝転ばせていた上体を起こし、クロウの瞳を覗き込む。クロウは少しも動じることなく、冷ややかに鬼柳の瞳を覗き返した。焦点は定まっているし、光も見える。まだ大丈夫だ、不思議な安堵が胸の内に広がるのがわかり、思わず眉根を寄せる。
 そんなことに気づいていない鬼柳は、不思議そうにしきりに首をかしげていた。

「……あー、ひょっとして、」


 鬼柳はにやりと口の端を持ち上げると、突然クロウの首に腕を回して顔を引き寄せ、唇を重ねた。唐突のことにクロウも面食らい、抵抗らしい抵抗もできないまま、鬼柳の唇がゆっくりと離れていく。

「する時に煙草の味がすんのが嫌とか?」
「……あのなぁ……」
「お、やっぱそうなのか。まあそうだよなぁ」

 こちらの言い分も聞かないまま、鬼柳は一人で納得してしまった。そうだなぁ、そういうことなら考えてやるよ、とくすくす笑う。理由は何にせよやめてくれるのなら何でもよかったが、それでも「考えてやる」という曖昧な答えであるあたり、恐らくこの忠告は無駄になるだろう。人の話もろくに聞きはしないのだ、彼は。
 早くどうにかしなければ、このまま鬼柳はどんどんおかしくなる。そのうち、もっと危険なものにまで手を出し始めるかもしれない。そうなる前に、どうにかしなければ。


 ―――ただそれも、どうにかする手段が、あればの話に過ぎない。


「なぁクロウ、そんな怖い顔すんなよ。機嫌直せって」


 鬼柳は薄く笑いながら、再びクロウにくちづける。今度は、先ほどよりもずっと深い。クロウは呆れながら鬼柳の顔に両手を添える。
 舌を刺すような苦味が、ひたすら不快だった。





―――――――――
統一後のサテライトの屑野郎な鬼柳



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