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「……38度5分」

 体温計の示した数字を、ボクは溜息混じりにつぶやいた。どんなに体温の高い人間でも、これはかなりの高熱だ。誰がどう見ても、立派な風邪。WRGPを目前に控えた今、風邪で寝込んでいる場合ではない―――とは本人の談だけれど、こればかりはどうしようもない。こんな高熱の人間を働かせるわけには、いかないだろう。


「日ごろの無理が祟ったね、遊星」


 だから僕はちょっとは寝た方がいいって言ったのに。小声でそう付け足すと、遊星はばつが悪そうに目をそらした。
 熱のせいで潤んだ瞳とあわさって、まるで泣いてるみたいだ、と心の中で笑い、体温計をテーブルの上にそっと置く。

「大丈夫だよ。ちょっと休んだくらいじゃ、誰も文句言わないから」
「……だが、D・ホイールのこともお前に任せきりになってしまうし、そんなに休むわけには……っ、」

 言い終える前に、遊星は苦しげに咳き込んだ。少し喋るだけでもこれなのだから、やはり休ませないわけにはいかない。仲間が少しでも体調を崩せば、やれ休めだの早く寝ろだのと言っている割に、彼は自分のことには無頓着だ。優しいというか、お人よしというか―――何にせよ、せめて今日ぐらいは、彼にも休んでもらわなくては。これ以上無理をさせて、悪化した方が問題だ。

「とにかく、今日一日は絶対安静。僕が看病がてら見張ってるからね」
「……わかった」

 遊星はどこか拗ねたように零して、それ以上僕に文句を言うようなことはなかった。やっぱり遊星自身もつらいらしい。時折苦しそうに咳き込んでいる様子からして喉も相当痛むだろうし、これだけの高熱だ、つらくないわけがない。
 できる限り、遊星は寝かせたままにしておいてあげよう。そう思って、遊星に何かしてほしいことはないか聞いてみた。すると遊星はしばらく迷い、掠れた声で希望を口にした。

「水……を、くれるか?」
「うん、水だね。ちょっと待ってて」

 僕は立ち上がり、パソコンの傍らに置いてあったペットボトルを手に取った。遊星は億劫そうに上体を起こしたものの、頭痛がひどいのか、額を押さえて顔をしかめる。

「ああほら、無理しないで。そんな状態で、よく休むわけにはいかない、なんて言えたね……」
「す……すまない……」
「遊星は、もっと自分を大事にするべきだよ。ほらほら寝てて、飲ませてあげるから」


 無理やり遊星をベッドに寝かしつけると、どういう意味だ、と言葉の意味を汲み取りかねたらしい遊星が、不思議そうに僕を見上げていた。僕はその問いかけに答えず、黙って遊星に飲ませようと思っていた水を一口含む。そのままきょとんとする遊星に、何の前置きもなくくちづけた。
 体温でぬるくなった水を、遊星の口の中に流し込む。遊星は最初驚いていたけど、すぐにその水を飲み込んでくれた。口を離すと、苦しげな吐息が小さく漏れる。

「もう一口いる?」
「……いや、いい。十分だ。それに、これ以上熱が上がるのも困る……」
「そっか」

 僕は苦笑して、遊星の額に手を置いた。僕の手が大きいせいか、立派な青年であるはずの遊星の顔が、とても小さく思えてならない。

「……お前の手は冷たくて、落ち着くな」
「そりゃ、遊星に熱があるからだよ。……寝るまでこうしててあげるから、今はおやすみ」
「ああ……ありがとう…」


 遊星はかけていた毛布を肩まで引き上げ、目を閉じる。不意にかすれた声で、名前を呼ばれた。見えないのをわかっていても首をかしげて、どうしたの?と問うと、遊星は聞き逃してしまいそうなほど小さな声で、手を握っていてくれ、とつぶやいた。

 彼らしからぬ言葉だった。疑問を感じながらも僕は何も言わずに、黙って毛布の下に収まっていた遊星の手を握る。どこか緊張していた遊星の表情がふっと緩むのがわかった。熱のせいで、どこか彼の気持ちが弱っていたのだろうか?それとも、この場にいるのが僕だから。
 ―――誰にも見せない遊星の弱さ。それを僕だけに見せてくれたのだと、そう思っても、いいよね。きっと僕も遊星の風邪にあてられたんだろう。きっと、そうだ。だから。


 やはり僕が大きいせいなのか、小さく感じる遊星の手。決してさわり心地のよくない荒れた手を、僕は強く握り締めた。



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