遊星の手は綺麗だね。グローブを外したその手を見て、ブルーノが不意に呟いた。 パソコンの画面と睨みあっていた遊星は、ブルーノの言葉につと顔を上げる。ブルーノは遊星と目が合うと、にっこりと彼特有の柔和な笑みを見せた。 「うん。遊星の手、すごくきれいだ。好きだな、その手」 「……そう、なのか?」 念を押すように繰り返され、遊星は困ったように疑問系で応える。そんなことはないと思うが、と照れたようにはにかみ、自分の手のひらをじっと見つめた。意識して自分の手を見たことはなかったが、こうして改めて見てみても、ブルーノの言う通り「綺麗」ではないように思う。 そもそも無骨な男の手に対して「綺麗」という表現も如何なものかとは思うが、それにつけても遊星は自分の手を、「綺麗」だとは思えなかった。 「指も骨ばっているし、手の皮も厚い。機械ばかり弄っているから、汚れていることが多い。……そんなに綺麗だとは思えないが。そういうことは、たぶん、アキや龍可に言ってやった方が喜ぶと……」 「お世辞で言ってるんじゃないって。遊星の手がきれいだと思ったから、素直にそう言ったんだよ。そりゃあ、女の子の手は綺麗だろうけど。遊星の手は、もっと別の意味で、もっと違った風に、さ」 ブルーノは言いながら、遊星の手を取った。体格の差があるせいか、遊星の手よりも一回りは大きい。指も太くたくましい手だった。それでいて仕草のひとつひとつは繊細で、優しい。まるで壊れ物に触れるかのような手つきで手のひらを撫でられ、くすぐったさに遊星は小さく肩をすくめた。 どこかいとしげに遊星の手を見つめながら、ブルーノは淡い微笑を口元にたたえる。 「この手。マメが何度も潰れたから、こんなに硬いんだろう?D・ホイールにずっと、長い間乗っているからだね。手の汚れは、君がD・ホイールやそれ以外の機械をたくさん直してきたからだ。……ほらね?やっぱり、君の手はきれいなんだよ」 同意を求められても、やはり何が「綺麗」なのかわからず、遊星は返事に窮してしまう。 わからないかな、とブルーノは苦笑して、遊星の手をそっと握った。 「この手で、遊星はたくさんのものを救ってきた。それは人だったり、機械だったりだけど……。だから遊星が綺麗じゃないって思うこの手は、僕にとって、すごくきれいに見えるんだよ。全部、君のやってきたことの証だから……」 ちょっと生意気だったかな、とブルーノは照れくさそうに笑った。それでも遊星の手を握り続け、時折肌を滑る冷たい指先は優しく愛しげで、慈しむようだった。遊星自身が、あるいは周りの人間が否定しようと、ブルーノはずっと、この手を「綺麗」だと言ってはばからないのだろう。 綺麗だと、思ったことはなかった。それどころか、綺麗かそうでないかさえ意識したことはなかった。それだけにブルーノの言葉は意外であり、同時に嬉しくもあった。そんなことを言ったのは、彼が初めてだ。出会って間もないはずが、自分自身よりも自分を知られているような気がするが、不快だとは思わなかった。 「……ご、ごめん、気を悪くしたかな?」 黙りこんでしまったのを怒ったと受け取ったのか、ブルーノが恐る恐る顔を覗きこみ、小さく頭を下げる。 「でも本当に、僕はそう思ったから……気を悪くしていたら、ごめん」 「……いいや。いいんだ。ありがとう、ブルーノ」 微笑んで礼の言葉を述べると、ブルーノはきょとんとしてぱちぱちと瞬いた。 「僕が勝手に思っただけだから、お礼なんていらないのに…。うん、僕が好きだなあと思っただけだからさ」 「好き?」 「うん、そうだよ。好き」 「………」 「……あれ?ひょっとして照れてる?」 もう一度顔を覗き込もうとするブルーノの視線を避けるように、遊星はぐるりと首を回して顔を背けた。ブルーノはそれ以上遊星の表情を見ようとはしなかったが、握られたままの手になぜか力が込められるのが感じられた。そうして不思議なほど嬉しそうにくすくすと笑われる。 「やっぱり、そうだ。……好きだよ、遊星」 「っ……手の話は、もういい」 「え?…うん、そうだね。でも何回も言いたいんだ。ほんとうに好きだから」 「……だから、もういいと言ってるだろう……!」 顔を背けたまま否定する。ごめんごめん、とブルーノは軽く謝罪するが、改めるつもりはないらしい。配慮のつもりか、吐息のようにひそめられた声でもう一度吐き出される。パソコンのかすかなファンの音しか聞こえないガレージ内だ、その呟きを遊星はしっかりと聞いてしまった。 遊星は堪えきれず、自然と上がる体温に比例するように、どうしてか手が震えた。それをおさえようと、無意識のうちにぎゅっとブルーノの手を握り返す。応えるように手が包み込まれ、遊星は低い体温を求めるようにさらに力を込める。 大好きなんだ、何度目かになる囁きは間近で遊星の鼓膜を震わせた。 ――――――――― ブル遊習作。多分書いた時点ではブルーノが出て数話くらい もどる |