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(使徒≠ユベル)




「十代、君は今日も一つの村を滅ぼしたんだってね?君の優秀な部下たちが楽しそうに言っていたよ」

 用のある時以外は、部下の進入を許さない、彼のためだけの部屋。家具はおろか椅子ひとつすら見当たらない、生活感の欠片もない、がらんとした部屋。我が物顔でその部屋に入ってきた男へ視線をやると、ほの暗い瞳と視線が交わった。

「……あれ?なんだか不機嫌だね。ああ、ひょっとして十代って呼んだのがいけないのかな?ごめんね、覇王」
「誰も不機嫌だとは言っていないし、そのようなことに腹を立ててもいない。……何をしに来た」
「やだなあ、愛しの覇王の顔を見に来たに決まっているじゃないか」

 白々しささえ感じる薄ら笑いに、覇王はかすかに眉を顰めたが、彼の言葉にも態度にも言及することはなかった。彼はそういう男だ。いつも飄々として、つかみ所がない。自分の前にふらりと現れては好きなだけ喋り動き回り勝手に消える。もう、そんなことを何度繰り返したかもわからない。彼を許していると言うよりは、呆れ諦めていると言った方が正しい。何を言おうが聞き入れる男ではない。
 今日も同じように、彼は自分のしたいようにする。外を眺める覇王の隣に歩み寄ってくると、なんの予告もなく無遠慮に顔を近づけてくる。かと思うと急にぴたりと動きを止めた。

「……ねえ、室内でくらいはその兜、外さないかい?キスもできやしない」
「しなければいい話だろう」
「嫌だよ、したいから言っているんだ。外していい?」
「好きにしろ」

 それじゃあ遠慮なく、と腕が伸ばされた。兜がそっと脱がされ、栗色の髪が露になる。満足そうに口元に笑みを浮かべると、今度こそ覇王の唇に唇が触れた。やわらかくかさついた唇は、押し当てられるのみだ。それ以上踏み込んでくるようなら、さすがの覇王もそれなりの反応をする。だから彼は、これより先に踏み込んだりはしない。
 触れてくるだけの唇を、手を、振り払わないだけだ。この男に対する好意など持ち合わせていないのだから。

「やっぱり、つまらないな。……もうちょっと照れたり恥ずかしがってくれてもいいんじゃない?」
「お前の欲求を満たすために俺は居るわけではない。それが必要ならば適当に女でも見繕え」
「君じゃないと意味がないんだよ。ボクが愛しているのは、君だけなんだから」

 女なんて興味ないよ、とある意味での問題発言をさらりと言ってのけ、肩をすくめる。覇王はその言葉にもその仕草にもこれと言って反応を示さず、ただ金の瞳をじっと見つめた。

「……この広い世界で、次元で、たった一人君だけ。君だけなんだよ。いつになったらわかってくれるんだろうね?ボクが、こんなにも君を想っているということに」

 どこか芝居がかった口調で、つい先ほど覇王に触れていた唇が、囁く。

「なあ?どうしたらお前は、俺を好きになってくれるんだ?俺は、お前を愛してるんだぜ……?」
「……そろそろ、黙れ」

 覇王は、ぽつりと呟いた。その言葉に、金の瞳が大きく見開かれたかと思うと、すぐに楽しげに細められる。口角をつりあげて笑い、無骨な指でそっと頬に触れた。一瞬、覇王の肩がかすかに跳ねる。それを見逃すような彼ではなかった。唄うように、言葉が、紡がれる。

「やっぱり、忘れられないんだ?俺のこと、好きなんだろ?な、十代」
「…………」
「あいしてるぜ、覇王。…なぁ、お前も俺のこと、好きだろう」

 何かを思い出させるような声色に、口調に、覇王は視線を泳がせた。それでも彼は、覇王の逃げ場を塞ぐように、なおも囁いてくる。まるで洗脳でもされている気分だった。いつになく、彼に心を揺さぶられているのが自分でもわかる。なんとも思っていなかったはずだった。
 踏み込ませるようなことも、させるつもりはなかった。


「……ヨハン、」


 自分から求めるように、覇王は目を閉じた。瞼の裏側に、翡翠の瞳とまばゆい笑顔が浮かんでは消える。落ちた、そうつぶやいたのはどちらだったか。



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