彼女が何かに興味を示す様子を見たのは、これが初めてのことだったかもしれない。テロ組織に関与していたとある実業家の身柄を押さえたとき、その屋敷で飼われていた沢山のペットたちの中の一匹。羊にも似たその動物に彼女は興味を持ったようだ。他のペットたちはほとんどが条約で輸入などが禁止されている動物だったが、彼女が見つめているそれはどの機関のデータベースにも登録されていなかった。実業家いわく、未だに公表されていない種で、大金をはたいて極秘裏に入手したらしい。彼女は「メイ」と勝手に名前を付けていたが、結局は研究施設に送られることになった。そういえば、がっかりしていた彼女をタチコマたちが励ましていたと思う。

「メイ!」と彼女が叫んで走り出したのはそれから二週間ほど経った日のこと。ある事件の調査のために研究施設の近くを訪れた際に、彼女はメイと再会を果たしたのだった。どうやら施設から逃げ出して路地裏に隠れていたらしい。人間が怖いのか少し怯えていて、綿のような体毛が以前見たときよりも膨らんでいた。施設に連絡を入れようと携帯を取り出したが、彼女は「駄目!」と叫ぶと、守るかのようにメイを抱き締めた。するとバチッと静電気のような音がし、彼女は一瞬怯んだが、それでもメイを離さなかった。
「彼処にいたらきっと、辛い想いをします。だからメイは逃げ出したんです」
自分の過去と重ね合わせているのだろうか。事件を追っている時は冷静で感情的にならない彼女が、年相応かそれ以下の少女のような言動を見せた。その様子に少し驚いたが、強張る彼女の頭を撫でて携帯をポケットにしまい、電通で課長と少佐に連絡を入れる。しばらくして、二人から下された判断を彼女に伝えると不安そうにじっとこちらを見ていた瞳が喜びに揺れて、再びメイを強く抱き締めた。「迎えを出すわ」電通で少佐が優しい溜め息を吐く。「メイ、メイ」と壊れたレコーダーのように何度も名前を呼ぶ彼女の表情を今も覚えている。


「なに、一人でニヤニヤしてんだ」
思っていたより犯人確保に時間がかかった所為か、助手席に座る相棒は少し不機嫌そうだった。もう真夜中と呼んでも差し支えのない時刻を時計は指している。
「メイが来てどのくらい経ったかな」
「ああ、あの羊か」
バトーがメイを羊と呼ぶ度に「羊じゃないです」と頬を膨らませる彼女の表情が浮かんだ。今頃は何をしているだろうか。サイボーグと戦って怪我を負った彼女は、今回はAIたちと一緒にバックアップに回っていた。一人だけ現場に行けず、不服そうな彼女に「メイと一緒に待っていてくれ」なんて言ってしまったっけ。
「あいつ変わったな」
「…ああ」
「最初は人形みたいだと思ってたがな」
「俺も」
「笑うようになった」
「いいこと、なのかな」
「多分な」
「そうか」
「お前と、メイのおかげだよ」
バトーが窓を開けると冷たい風が入ってきた。窓から九課のあるビルが見える。彼女のことだから、メンバーの帰りを待っているのだろう。タチコマたちと話をしてるかもしれないし、プロトを困らせているかもしれない。メイと寄り添って寝ているかもしれない。けれど、ドアを開ければきっと彼女はメイと一緒に走り寄ってくるのだ。「おかえりなさい」を言うために。
「少し急ぐかな」
バトーは黙って窓の外を眺めている。アクセルをゆっくりと踏み込んでスピードを上げる。今夜は道が空いているから、すぐに九課に着くだろう。

何度も繰り返してきた言葉があって
ただいまを、君に





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「怪獣と君」様に提出。恋愛というより家族愛のような話にしました。素敵な企画に参加させて頂き、ありがとうございました!



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