時折木が軋む廊下も衣が擦れる音も、雨粒が水面に消えていく様子も好きだ。丁寧に手入れされた庭を眺めていると「どうかされたのですか」と声を掛けられた。困惑しているその顔は父親にあまり似てないと周りは言うけれど、例えば目の辺りなどにあの人の面影があると私は思う。あの人の持つ独特の落ち着きは彼に受け継がれなかったのか、それともこれから芽が出てくるのか。思わずくすりと笑うと彼は更に眉間の皺を深めた。なんでもないの、と言うと首を傾げて「大殿の部屋はこちらです」と背を向けた。答えは何年か経てば出てくるだろう。待つのは慣れている。


「やあ、よく来たね」

部屋の主は昔と何一つ変わらない様子で私を迎えてくれた。歴史家になる夢は未だに諦めていないようで、部屋中に書物の山が出来ている。それでも来客のために場所を空けたのか、書物を動かした形跡があった。私が腰を下ろすと、すっとお茶が出された。

「君も僕を迎えにきたのかい?」

その表情は覚悟とも諦めとも取れたが、やはり本心は読み取れなかった。その辺りも彼は変わらない。口にしたお茶は丁度良い温度で、私は二口ほど飲んでから湯のみを置いた。

「それ、輝元殿にも言われたわ。連れていかないで下さい、って」
「はは、輝元は仕方ないな」
「阿国さんにも困ったものね。気に入った人をすぐに出雲に連れて往こうとする」

彼女は今日も何処かで舞っているのだろうか。誰かの最期を見届けているのだろうか。桜吹雪の中で舞う彼女や、散り行こうとする誰かに呼応するかのように、庭の木から葉が一枚落ちた。その葉はやがて土に還り、この国の礎となる。もう何度と見てきたことだ。

「これから戦いが起きる。混沌とした時代になるだろう」
「そうね」
「人がたくさん死ぬ」
「…私の仕事が増えるなあ」

「君の仕事は見ることだろう?」

ずっと見続けていた。気の遠くなるような遥か昔から、人というものをずっと見続けてきた。戦も仮初めの平和も母子の泣き声も武士の矜持も、全て見届けてきた。英雄たちを出雲へと誘うのが出雲の役割ならば、彼らの生き様を記憶することが私の役割なのだろう。

「人は変わらない。同じことを繰り返す、もう何度も見てきたのに」

雨は止む様子もなく静かに降り注ぐ。元就と初めて逢った日も雨が降っていた。彼は私に夢を語ってくれた。膨大な記憶の中から見つけだしたその日は今も色褪せることのない。あれから何十年と時が過ぎ、彼は随分と老いた。私は何も変わらないでいる。

「元就、夢は叶った?」
「歴史家になる夢はまだかなあ…」
「ふふ、そうね」

彼が書き記した書物が転がっていた。冗長だと誰かが言っていたが、私は結構好きである。

「もう一つ、君の夢も叶えていない」
「…元就」
「やっぱり、阿国さんと一緒に出雲に往くのはまだ先かなあ」

手の中の湯のみを握り締めると中身が揺れた。人は争いを繰り返す愚かなものだということは知っている。そんな彼らに期待してしまう私も結局は同じものであるということも知っている。

「ありがとう」

次の季節が巡ってくる頃、時代は動き始めるのだろう。どうか彼の歩む道に光があらんことを。ただ一人のための祈りは記憶に残さないことにしている。


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -