人気の無い廊下に響く足音は、何だか自分のものではないような錯覚を覚える。放課後に保健室を訪ねるように言われた私は、鞄を持って部屋の前に立っていた。控えめにノックをすると、もうすっかり聞き慣れた返事が返ってくる。ゆっくりと扉を開けると、眠そうに椅子に座る星月先生と、保健室のいつもの光景と、予想していなかった人物が一人。天文科の陽日先生。

「おう、黒瀬。具合は大丈夫か」

とりあえず、と足を踏み入れると陽日先生の前に座るように促される。机の上はいつもより片付いていて、何冊かの教材が置かれていた。状況が未だによく飲み込めなくて、星月先生を見る。

「ご褒美をやる、って言っただろう」
「黒瀬のための特別授業ってことだな!」

陽日先生が笑って私の肩を叩く。もう一度星月先生を見るとやっぱり微笑んでいた。「ありがとうございます」私の声は小さくて震えていたけど、陽日先生は「任せろ!」と胸を叩いてみせた。


特別授業は滞りなく進んで、課題のヒントも教えて貰うことが出来た。授業中にわかったことがあって、一つは星月先生と陽日先生は仲が良くて、星月先生が特別授業を頼んでくれたこと。もう一つは倒れた私を運んでくれたのは陽日先生だということ。どうやら私はふらついていて、それを見かねた先生が声を掛けた瞬間に倒れたらしい。恥ずかしさや申し訳ない気持ちで俯くと、「気にすんな!」と頭を撫でられた。少し、頬に熱を感じた。

「しかし、飲み込みが早いな」

天文科の生徒でも難しい範囲なんだけどな、と陽日先生は私のノートを覗き込んだ。意識はしていなかったが、確かに問題を解くときはあまり苦戦しなかった。

「黒瀬は天文科の専門科目が好きだったな」

星月先生も立ち上がって私のノートを覗き込む。自分のノートを真剣に見られるのは恥ずかしい。

「黒瀬は数学が得意みたいだな」
「数学とか、理系科目が得意で。本当は、天文科とか、興味あって」
「でも在籍してるのは星詠み科だろ?」

思わず零れてしまった本音に陽日先生が首を傾げる。6つある学科の中で私が選択したのは星詠み科。未来を覗くなどの特別な力を持つ人間たちが集まる学科。「俺、星月学園に行きたい」頭の中で兄さんの声がする。これはいつのことだっただろう。「星詠み科ってところで勉強するんだ」ベッドの上で兄さんは話していた。この保健室のベッドみたいな布団の中で兄さんは空を見ながら語る。「力を強くして」「そうすればお前も」私の未来は、変わっていたのだろうか。


「黒瀬?」
ぼうっとしていた私を二人が心配そうに覗き込む。随分と昔のことを回想してしまった。何でもないです、と咄嗟に作った微笑みは恐らくぎこちないものだろう。

「でも、星詠み科も好きです」

それに私にはやるべき事があるから、という小さな呟きは誰にも届かずに墜ちた。窓の外はもうすっかり暗くなっている。今夜も星が綺麗であるといいけれど。



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