拝啓。兄さん、お元気ですか。書くべきことも書きたいことも沢山あるはずなのに、筆先は進めずにいます。


黒い染みが罫線を侵略したところでボールペンから手を離した。かつん、と音がして、それが波紋となって広がって、世界は再び動きだす。久しぶりに目を瞬く。時計の針は午前3時を示していた。便箋をぐしゃぐしゃに丸めてゴミ箱に捨てる。何回目のことなのだろう。手紙を書かなければいけないという、漠然とした義務感だけが残って、何を書こうとしたのかすら覚えていない。新しい便箋はボールペンを握ることすら億劫にさせる。頭は冴えているはずだけれど、上手く言葉を紡いでくれない。焦りや苛立ちにも似た気持ちが募るばかりで、ついには便箋もボールペンも引き出しの中に放り込んだ。乱暴に引き出しを閉めると大きな音がした。これもまた、何回目のことなのだろう。今回も諦めることにして、電気を消すと床に寝転がった。フローリングは冷たいけど、どこか心地よい。ベッドに手を伸ばして布団を一枚引っ張ると、それにくるまった。今はベッドの温もりが怖いから、私にはこれで丁度良い。近くの物さえぼんやりとしか見えない暗闇の中、手を宙に伸ばしてみる。触れる物は何もなくて、天井がやけに遠くに感じる。あの頃と違って、星は見えない。握って、開いて、握って、開いて。手を動かしてみる。息を大きく吸って、ゆっくりと吐く。幼い頃、こうやって兄さんは確かめていた。「生きてる」
手を握り締める感覚、膨らんだ肺。「生きている」冷たい空気の中に震えた声が響く。伸ばしていた手を戻して、目を閉じる。血管が脈打っている。呼吸をしている。私は生きてる。「本当に?」
兄さん、悲しいことも嬉しいことさえも、ただ何事も無く日々が過ぎることを祈っていて、隣りの席の男の子の顔もよく思い出せずにいる私は、生きているといえるのかな。


時計の秒針の音が支配する部屋。眠れない夜は嫌いだ。どうしようもないことばかり考えてしまうから。けれど朝というものも、私の頭を重くするばかり。希望の朝とは、誰が言ったのだろう。やっぱり私は生きていないのかもしれない。伝えたいことすらも思い出せない。「兄さんは生きてる?」あの頃みたいに、手を伸ばして確認しているの、兄さん。返って来るはずのない応えと夜明けを待って、私は静かに呼吸を繰り返す。



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