カシスとブルーベリー


好きだよ、なんて、どの口で言うのか。沢山の女の子を口説くのと同じように、軽く投げかけられる言葉には、うんざりしてしまったのだ。だから桜がきれいなこの日に、別れましょうと言った。汚い私たちの終わりだけれど、せめて遠い未来で思い出す時に、綺麗なものであって欲しいから。
「本当にきみだけなんだよ、」
「もういいわよ」
好きなのは、といつものように続けようとしたから遮った。彼は目を逸らして気まずい表情をしている。いつも飄々としているから、少しは動揺させたのかと思うと、気分が良かった。
彼の好きというのは、なんて安い言葉なのだろう。きっと他の男女の間では甘い響きのとっておきの言葉に違いないのに、私たちの前ではそれはただの文字の羅列。3つ並んでいるだけ、何の意味も伴わない。
「もしかしたら、と思った私が間違っていただけ。こんな馬鹿な女を口説き落とすのは楽しかったでしょ?早く次の女の子を探したら。私みたいに、簡単に騙されるような」
言いながら、やっぱり私は馬鹿だと思った。浮気された女の定番の台詞。それを言っている自分と、こうなることが予想できただろうに、彼の手をとった自分に吐き気さえ覚える。
そんな困った顔を向けないで。私は自分が一番嫌いなのだ。彼は多分もうどうでもいい。どうでもいいと思おうとしているだけかもしれないが、実際私の世界から切り離したのだ。これ以上視線を交える必要はない。
「今まで有難う。良かったわ、勉強になったもの」
こんな皮肉も自分を惨めにするだけだ。分かっていても言わずにいられない。
「さようなら、カシス」
案外すんなり出てきて自分でも拍子抜けしてしまった。
こんなに簡単ならもっと早くに言えば良かったのに、臆病な私は今日まで先延ばしにしてしまった。ずるずると続いた関係を断ち切るきっかけを、隠れてしまった勇気を探して。
ようやく見つかったのが卒業の日。沢山の思い出が詰まったこの校舎から旅立つ日。私たちの進む道はこの先交わることはないだろう。

「…ああ、ブルーベリー」
返事をする彼の瞳が一瞬、揺れたように見えた。しかし声の調子は何ともないといったようで私は最後までこの男に振り回されている気分だった。私は平気な振りができているかしら。できるだけ普段通りを装って、笑ってみせた。つい逸らしてしまいそうになる目を、真っ直ぐ彼のものと合わせる。

「さようなら、ブルーベリー。元気で、な」
にっと口の端を持ち上げて、ひらひらと手を振って。まるで明日また学校で、といつもの帰り道のように笑って言った、のだけれど、どこかに違和感を感じた。どこかは分からないけれど、とても隠しきれないような大きな違いがそこにはあった。分からなくて良いはずなのに、気を取られて動けなくなる。その瞬間だった。
「なっ…」
ふわりと彼の香りがしたと思ったら、既に私は腕の中で。軽く唇に触れるものがあって、やっと今の状況を理解した。
「今までごめんな。幸せになって」
あなたは幸せにしてくれなかったものね。
頭の片隅でぼんやり考える。声は出なかった。何故なら彼が立ち去るとき、泣きそうに顔を歪めたからだ。それは私の願望だったのかもしれないけれど。

「…ずるい」
桜の下で1人になって、呟いた。最後にそんな顔を残していくなんて。今まで一度見せたことはなかったのに。
涙が零れ落ちそうになって、上を向いた。桃色が滲む。
記憶は時と共に薄れて風化していくけれど、完全にはなくならない。きれいな今日を残したかったけれど、結局いつかの私が思い出すのは、例えば彼の顔だとか、この滲んだ景色とか、そんな苦々しいものばかりなのだろう。それでいいのかもしれない。多分次に会うときには、この胸の痛みも消えているはずだから。
ずっと見守ってくれていた桜に、心の中でそっとありがとうと別れを告げた。


桜色メランコリック



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