シードルと女主


※死ねた




わたしはシードルの背中に手をまわし、ぎゅっと掴んだ。こういうときどうすれば良いのかは分からなかったけれど、彼が震えていたからだ。女の子のような可愛らしい顔で、それでもやっぱり男の子で、わたしよりも背も高くがっしりした体を小さくして。

「…ごめんね…ごめ、ん…ごめんなさい…!」
さっきから何回も絞り出すように繰り返される言葉は余りにも悲しくてわたしは泣きそうになってしまう。シードルが、誰かが悪い訳ではないのだろう。悪いとしたら彼をこんなふうにしてしまった運命だ。神様が悪い。だから謝らないでと伝えたかったのだけど、声を出そうとしてもひゅうひゅうと息が漏れるだけで、音を成さなかった。腕にも力が入らなくなってきた。これでは彼を抱きしめられない。体の痛みよりも彼を救えないことで痛む心の方が辛かった。
そしてとうとう彼は嗚咽を漏らすだけになってしまった。わたしの腕からはどんどん力が抜けていって、右腕が滑り落ちる。唯一彼とわたしをつなぎ止める左腕が力を失うのも時間の問題だ、そんなふうに焦り始めた瞬間、抱き締められた。
「いか、…ない、で…」
すすり泣く声とともにか細い声。わたしだっていきたくない。これからどこへ行くのか分からないけれど、シードルを置いていきたくない。この人はもう十分置いて行かれている。これ以上、独り残される辛さを味わう必要なんてない。
そう思うのに。ずるり、と左腕が背中から離れた。支えるものを完全に失ったわたしの身体を、シードルはさっきよりも強く抱き締めた。痛いくらいに。
しかしその痛みさえ、実際の感覚なのか、それともわたしの錯覚なのか自信がなかった。目の前が霞んで見えないのは、涙のせいだろうか、わたしの身体は少しずつ、その機能を失っていっているのかもしれない。最後に見たのは何だったか。歪んだ笑みの彼だったか、泣きそうな顔で微笑む彼だったか。どちらにしても、それがどんなものであろうと、"笑った彼"だった。それなら満足かなあ。そう思うと急におかしくなってきた。こんな状況なのに、もう殆ど顔の筋肉だって動かせそうにないのに、笑いたくなった。そして今更、彼が見る最後のわたしが笑顔であって欲しいと思った。だから必死に、彼の名前を呼んだ。

「…しーど、る」
多分言葉にはならなかった。でもシードルは気づいてくれたようでわたしの顔を見つめる。そして驚いて目を見開いた、ように見えた。ということは、今わたしは笑えているのかもしれない。
「いやだ…!やだよいくなよ、ねえ、」
何回も、何回も自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。そしてその声はだんだん遠くなっていく。ああそうか、遠くなっていくのは声ではなくわたしの意識だ。
それならば今わたしがすることはひとつだ。まだ少しでも考えることができるうちに、この人のために、わたしのために。
さっきはあんなふうに言ったけれど神様、どうか彼を、シードルを幸せにしてあげてください、わたしのことなんて忘れてもいいからどうかもう一度心から笑わせてあげてくださいわたしの後を追うことがありませんように次会うときはもっと長い間一緒にいられますようにどうか


この祈りが届きますように



後に残ったのは虚ろな目をした少年と真っ赤にそまった少女である。少年は少女の頭をそっと撫でた。己の手にあかいものがついたので、じっと見つめる。何を考えるいるのか、その表情からは読み取れない。しかし、何かを考えていたのだ。ずっと、ずっと。



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