glory(栄光) | ナノ

「えっ、海常と練習試合?」
「うん、もう組んじゃった」
「なんでまた、んな強豪校と…」
「そろそろ、黒子くんと火神くんが入部してから三ヶ月が経つでしょ?もうインターハイも近いし、実力を確かめさせてもらいたいの」
「あー…カントクがそう言うなら仕方ねーな」


宣誓から一夜明けて今日、さっそく練習試合の話が出た。今までずっとミニバスケでの練習ばかりだったし、リコちゃんの言う通りにインターハイも近いから、丁度いい時期での練習試合だ。相手は海常高校、わたしがまだ中学にいた時も、何度も高校バスケで名を轟かせていた高校。


「でね、海常は今年、キセキの世代の一人である黄瀬涼太を獲得した所よ。強いのは間違いないわ。でも、みんななら海常に通用するほどの実力を持ってるって信じてるからね」


にっこり、リコちゃんはそう言って笑った。そしてさっきから気になっていたのが、体育館内のギャラリーの女の子の多さである。みんなも気づいているようで、どこか落ち着かない。その時、テツヤくんが驚いたように声を上げた。


「あ、黄瀬くん」
「えっ」


そう、その女の子の山から顔を覗かせたのは、わたしもよくテレビや雑誌などでよく見る黄瀬涼太。あの黄瀬涼太である。騒ぐほどに好きというわけではないが、それなりにわたしは黄瀬くんの隠れファンなのだ。黄瀬くんはテツヤくんを見つけると、まるで犬のように走ってテツヤくんに近付いてきた。


「くーろーこーっちぃぃぃぃいい!」
「うわっ、なんですか」


がばっとテツヤくんに抱き付こうとした黄瀬くんだったが、テツヤくんはさらりとそれをかわした。代わりに勢いあまって標的となったのがわたしである。黄瀬くんも焦ったように止まろうとするものの、願いは叶わずわたしにダイブ。き、…黄瀬くんに抱きしめられてしまった。


「っと、ごめん!大丈夫?ケガとかしてないっスか?」
「あ、うん、大丈夫です」
「そっか、よかったっス。…あれ、君…俺がモデルの黄瀬涼太だって気づいてるっスか?」
「え?うん、知ってるけど…」
「…は、」
「?」
「初めてっスよ、俺のこと見てこんなに騒がない女の子なんて!“モデル”の俺じゃなくて、ちゃんと素の俺を見てくれてる感じがする!ねえねえ、名前なんていうんスかー?」


うおう、大変身した。大型犬に。ぴょこぴょこと動く犬耳と尻尾がわたしには見える。


「春宮凪紗…です」
「…凪紗っち!俺凪紗っちのこと気に入っちゃったっス!」
「え…?あ、ありがとう?」
「うわああかわいい!海常のマネージャーにならないっスか?凪紗っちなら大歓迎なんスけど!」
「え、えっと…ならないかな…」
「…うーん、そうっスよね。いやあでも、誠凛に遊びに来る時の楽しみが増えたっス」
「楽しみ…」


ちょっと待って、黄瀬くんてこんな人だったっけ?もっとクールで無口な人の印象があったんだけれど、間違いだったみたいだ。黄瀬涼太は大型犬。うるさい。人懐こい。結論、慣れるとうざい。


「黄瀬くんって…」
「えっ、なんスか?」
「…慣れるとうざいんだね…」
「えええ!?文脈おかしくねえ!?つーかうざいって…俺泣きそうなんスけど…」
「あははー、そういう所がうざい」
「ヒドッ!!」
「ねー、テツヤくんもそう思うでしょ?」
「はい…本当にそう思いますね。黄瀬くんうざいです」
「黒子っちまで!?ちょっ…ヒドくねぇスか」


きゃんきゃん鳴き始めた大型犬、もとい黄瀬犬。間違った、黄瀬くん。キセキの世代ってみんな恐いイメージしかなかったんだけれど、わたしの先入観がそうだっただけみたいだ。黄瀬くんはうるさいし。テツヤくんは優しくてかっこよくて何より紳士。


「俺の扱いひどいっスね」
「なんで心の中読めるの」
「ぜんぶ声に出てたっス」
「えっ。黄瀬くん今の即座に忘れて。忘れないとテツヤくんにイグナイトしてもらうよ」
「えー、どうしよっかな…面白そうだし忘れてなんてあげなっぶふぉ」
「すみません黄瀬くん、凪紗ちゃんからの頼みだったので…」


少しだけ気に障ったので、テツヤくんにイグナイトをお見舞いしてもらった。黄瀬くんまじ許さない。シャララデルモざまぁ。


「だからぜんぶ声に出てるんスよ!どんだけ俺をバカにしたら気が済むんスか!」
「一生」
「ヒドぉ!仮にも俺モデルなんスよ!?」
「デルモ(笑)ね」
「デルモ(笑)じゃなくてモデルっス!」
「テツヤくん。イグナイト」
「了解です」
「黒子っちぃぃぃぃいい!?」


「賑やかだな、黄瀬」
「お遊びに来たんならとっとと犬小屋に帰って欲しいんだけどな」
「犬小屋って…」


20130215