glory(栄光) | ナノ

あの日の思い出を、少しだけ語ろうと思う。


桜が舞う季節の4月、わたしは新設校である誠凛高校へと入学した。新設校であるために、外観も内観もまだとてもきれいな高校だ。校門を抜けた先では、新入部員を獲得するべく、大量のビラを持った先輩たちが道を塞いでいる。進もうにも先輩たちの勧誘が先に来てしまい、足止めをくらってしまう。早く教室に行きたいんだけどなぁ、と心の中で悪態をついていると、わたしの横を一際目立つ水色の髪の毛をした男の子がすり抜けていく。

先輩たちはその男の子に気付いている様子もなく、ああだこうだと勧誘を続けている。わたしは水色の髪の毛をしたその男の子に一目で興味を持ち、先輩たちを何とかすり抜けてその男の子の後を追った。けれど、どれだけ周りを見渡しても姿が見つからない。あれ?と思って体を反転させると、ひとつの部活のブースの前で立ち止まっている彼を見つけた。

よくよく目をこらして見ると、どうやらバスケ部のブースのようだ。わたしはバスケ部のブースに足早に近づき、去っていこうとした彼の背中に声を投げ掛けた。


「あの!」
「…」
「あの、そこの水色の髪の毛した君!」
「…え、僕ですか?」


二回呼んで、やっと自分のことを呼ばれていることに気が付いたらしい。難しそうな本を片手に持ったまま、不思議そうにわたしの方を向いた彼。そんな彼に頷いてみせれば、大きな水色の瞳を丸くした。


「…驚きました。僕を見つけられる人がいるなんて」
「え?」
「僕、異常に影が薄いんです。なので、気付いてもらえないこともしょっちゅうあります。けれど、こうして君は僕を見つけてくれた。…少し、嬉しかったです」


にこ、とふんわりとやさしく微笑んだ彼に、わたしはぎゅうっと心を掴まれた。会ったばかりなのに、彼のことがもっと知りたい。目の前にいる彼のことを、知りたくて仕方がなかった。


「そう、なんだ…。でも、わたしはいつでも君を見つけられる自信があるよ。何でだかはわからないけど、なんか、そんな気がするの。それと…バスケ部に入るの?」
「…ありがとうございます。なんだか照れくさいですね。はい、一応は。中学の時もバスケをしていたし、バスケが…好きなので」
「そっか!わたしもね、バスケ好きなんだ。かっこいいし、応援したい気持ちになるんだよね。あっ、わたしは春宮凪紗。君の名前も、教えてもらってもいいかな?」
「春宮さん、ですね。僕は黒子テツヤといいます」


こうして、彼と出会った4月の入学式。わたしはこの時、テツヤくんに一目惚れをしてしまったのだ。







「凪紗ー、ドリンクー」
「ちょっと待ってねー、今持って行くから!」


入学式から数ヶ月が過ぎ、わたしとテツヤくん、そしてあの後に出会った火神大我は、晴れて誠凛高校バスケ部に入部していた。ようやくマネージャー業にも慣れ、先輩たちにも「ドリンク美味いな」とか、「いつもありがとな」とか、たくさん言ってもらえるようになってきた。

テツヤくんともあれからずいぶんと仲良くなり、いつしかわたしは「テツヤくん」と呼ぶようになり、彼もまた「凪紗ちゃん」と呼んでくれるようになった。そんな些細なことでも、好きな人となるとすごく嬉しいものだ。大我くんも最初は怖かったものの、話してみると意外に気が合い、今では奴と親友という関係にまでなった。身長差があり、仲も良いせいか付き合っているのかとよく聞かれるが、断じて違う。わたしの好きな人はテツヤくんなのだ。本人にバレていないかたまに不安になるけれど、まだ大丈夫だと思う。うん。


「はい、お疲れさま」
「お、サンキュー」
「伊月先輩もお疲れさまです!」
「ありがとな、凪紗ちゃん」
「いいえ、大好きな伊月先輩のためですから!」
「ん!ちょっと待って、きたかも…台、好きか?大好きー!キタコレ!」
「ぷ、伊月先輩ってほんとダジャレ好きですよね」


先輩たちもとても個性的な人ばかりで、毎日の部活が楽しい。中でも、わたしが先輩として大好きなのが伊月先輩。すんごく優しいし、わたしが困っている時は必ず助け船を出してくれるし、もう文句のつけどころがない先輩。テツヤくんへの好きとはまた違うけれど、わたしは伊月先輩が大好きだ。


「ダァホ、こいつのダジャレに付き合ってっと日が暮れちまうぞ。つーか今日もちっこいなおまえ」
「ふぐっ、日向先輩やめてくださひ」
「ぶはっ、ブタみてーだな」
「ちょっ、いくらなんでも怒りますよ!」
「悪い悪い」


わたしの手からドリンクをひったくり、鼻をいきなりつまんできたこの人は日向先輩。いつもわたしをいじってくるし、必ずといっていいほどに口論になる。けれど誰よりもバスケが大好きで、部員のことを第一に考えている、とても良い先輩なのだ。

こうしてわたしの手元からは、レギュラー分のドリンクが続々となくなっていく。木吉先輩もありがとな、って言いながらわたしの頭を撫でてくれて、水戸部先輩とコガ先輩には、柔らかい笑顔でありがとなって言われた。水戸部先輩の言葉はコガ先輩の通訳だけれど。

そして最後は、彼のぶん。流れる汗をタオルで拭いながら、こちらに近づいてくる水色。


「お疲れさま、テツヤくん」
「あ、ありがとうございます。いつも、本当に助かります」


彼の姿をしっかりと視界に入れ、目を見ながらドリンクを手渡す。そのあとに見せる彼の柔らかい笑顔に、わたしは毎回きゅんとしてしまうのだ。


「それにしても凪紗の作るドリンクってよ、いつも本当味がちょうどいいよな。薄くもなく濃くもなく、すげー飲みやすい」
「ほんとに?わあ、初めて大我くんに褒められた気がする」
「ばーか、いつも褒めてんだろ」
「そうだっけ?」
「てめえな…放課後マジバのハンバーガー奢れよ」
「テツヤくーん、放課後マジバのバニラシェイク飲むー?」
「ぜひ飲みたいです」
「おい!てめえ俺の誘いを無視しやがったな!」
「いやだって、大我くんよりテツヤくんに奢ってあげたかったから」
「本当、黒子には甘いよなおまえ。親友の俺を差し置いて」
「もちろん。テツヤくんにはなんでもしてあげたいくらいだもん」


そう言うと、大我くんは呆れたように苦笑をこぼした。大我くんは、わたしがテツヤくんを好きなことを知っている、数少ない人だ。もう一人、マネージャーを始めた時に仲良くなり、学年を越えた親友となったリコちゃんが知っているだけで、このことを知っている人物は実際二人しかいない。いろんな人が知っていたとしても、それはそれで気まずいからね。


「よっし、練習再開するぞ!」


顧問と話しているリコちゃんは結局休憩には戻って来なかったけれど、誠凛高校バスケ部は、今日も元気に活動中です。



20130122