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「ライブっちゅーのはな、みんなで作り上げな意味がないねん」


とあるバンドのヴォーカル、兼わたしの彼氏がライブ中に言ったその言葉。今まで騒がしかった会場も、蔵の言葉で静まり返る。蔵のMCは、本当に名言ばかりが飛び出てくるのだ。


「今この場に居るみんな、んで俺ら。出会ったのは、偶然でなく奇跡やろ?もしかすると必然であるかも知れへんけど。もともとヴィジュアル系が好きやった子もいると思うし、俺たちをきっかけに、或いは俺たちの先輩バンドや後輩バンドをきっかけに、この系統に足を踏み入れた子も居ると思う。ここに居る全員が俺たちのバンドを好きだとも限らへんし、もしかしたら興味本位、友達に誘われて仕方なくっちゅー子も居るやろ?やけどな、」


“俺たちが今ここで、同じ空気を吸い、同じ空間を共有してるっちゅーことはな、絶対に運命なんやで”

その言葉に、後ろから物凄い歓声が飛び交う。蔵のバンドはすごく人気があるし、もちろん蔵自身、このバンドで1番の人気を誇ってると思う。だから蔵専属のファンの子もごまんと居るわけで。少し、寂しい感じもする。


「今日、赤坂BLITZ。三千人以上のファンのみんなが来てくれはって、ほんまにうれしいです。ここでこうしてライブできるのも、みんなの支え、そしてメンバーの支えがあってこそ成し遂げられた目標でした。次は東京ドーム目指して頑張るんやし、おまえらついて来なきゃあこっから突き落としたるで」


なんて蔵は柔らかくへらへら笑いながら言うものだから、わたしもつられて苦笑してしまった。バンドのメンバーとも全員顔見知りだから、目が合うと優しく微笑んでくれた。


「それでな、今日はみんなに重大発表があるんや」


え、後ろのバンギャルの子たちが不安に息をのむのがわかる。そんな発表があるなんて聞かされてない。バンギャルの子たちはブログとかでわかっていたのかもしれないけれど、わたしは一切なにも知らなかったのだ。


「えっと、俺…ヴォーカルの蔵ノ介は、」


言いづらそうに言葉を濁す蔵に、わたしまでもが不安になる。なんだろう、重大発表って…。


「このたび、結婚することになりました!」


会場に、大歓声が沸き起こる。それって、…わたしとの結婚のこと?


「んー相手?ああ、相手なら俺の目の前に居るやん。ほれ名前、ステージ上がり」


え、とつい息を呑む。バンギャさんたちの視線が背中に痛いほど突き刺さる。恐る恐る柵へ近づくと、蔵はわたしの両手首を掴み、そのままステージの上へと持ち上げた。


「みんな、急な発表になってすまん。でもな、今言うとかないとみんなを裏切る形になる思ったん。それぞれ思うことはあると思うけど、…みんなは認めてくれるか?」


わたしがファンのみんなの方を向けずにいるまま、蔵はそう問い掛ける。静寂が続く会場の中、一人の女の子が声を上げた。


「当たり前じゃん!バンドマンといえど一人の人間だし、女の人を幸せにする役目のある男の人だもん。…おめでとう、蔵くん!彼女さん!」


その言葉に続き、会場には祝福の言葉が飛び交う。本当に嬉しくて涙を隠すように俯くと、蔵がぎゅうっと抱きしめてくれた。何時間も声を枯らしながら、汗を流しながら歌っていた蔵の衣装は、香水と汗の匂いでなんだかひどく安心できる匂い。ようやく顔を上げてなるべく明るく「ありがとう」と言うと、どこから出てきたのか色とりどりの風船が降ってきて、ファンの子たちはいっせいに「おめでとう」と言葉を返してくれた。


「ありがとう、おまえ達!本当、…っ、ありがとさん」
120416