tennis | ナノ
「ねえ、侑士」
「んー」
「今、全国大会じゃん。青学も四天宝寺もいる訳じゃん」
「おん。で?」
「侑士の従兄弟に会いた、」
「あかん」
試合はまだまだ先だというのに、ラケットの手入れをしていた彼氏に問えば、返ってきたのは「あかん」のひとこと。
四天宝寺との練習試合の時も、小さい大会で四天宝寺が居た時も、従兄弟に会いたいと言っているのに一向に会わせてくれない。
跡部とか宍戸に聞いても「本人に聞け」の一点張り。
しかも含み笑い付きだから、さらに意味がわからない。
そんなわたしの話をちゃんと聞いてくれるのは向日だけだよ。
また断られたことにしょげて向日のところに行こうとすると、侑士が腕を掴んできた。
「ちょお待ち」
「…なによ」
「自分、なしてそないに謙也に会いたいん?」
従兄弟の名前は謙也っていうのか…じゃなくて。
なして、と言われても会いたいものは会いたいのだ。
侑士の従兄弟だし。彼氏の従兄弟だし。
どんな人なのか、気になるじゃない。
「会いたいから」
「そんだけなん?」
「うん」
「なら、会わせる訳にはいかんなあ」
ぱっ、と侑士はわたしから腕を離した。
「…ねえ、どうしていつも駄目って言うの?侑士の考えてることがわからないよ」
「…知ったら、絶対引かれるから言わんのや」
「引く?なんで?」
「…絶対、や。絶対引かない自信があるんやったら、会わせない理由、言ってやってもええで」
侑士の瞳が、不安気に揺れる。
大丈夫、と言って頷くと、侑士はぽつりと呟いた。
「…謙也に会うことでな、もしもやけど、名前が俺から離れて行くんが嫌やねん…。やから、会わせたくないんや…」
どきん、と心臓が高鳴った。
こんなことを言う侑士は初めてだ。
いつもは強気でクールな侑士が、こんなに不安気な表情を見せるのも初めてで。
「…おい、ふたりの世界作ってんじゃねえぞ」
明らかにふたりの世界に入ろうとしていたわたしたちに、跡部の声が投げ掛けられた。
くそ跡部、後で覚悟しときんしゃい。
立海の彼の言葉を借りてしまったけれど気にしない。
「ごめん跡部」
「俺に謝っても何もねえぞ。その前に俺様は怒ってねえよ」
「あれ、怒ってないの?」
「呆れて怒る気にもなれねえ」
「…」
跡部はやれやれといった様子で首を振った。
わたしの方がそうしたいくらいなんだけど。
「おい侑士、おまえのこと誰か呼んでるぜ。あれ四天宝寺のユニフォームじゃね?」
後ろから向日の声が聞こえた。
振り向いて視線を移すと、金髪の男の子と、ミルクティーブラウンの髪色をした男の子。
侑士を呼んでるってことは知り合いかな。
そう思って侑士を見ると、この世の終わりみたいなひどい顔をして表情を固めていた。
「…」
「…ゆ、侑士?」
「…謙也め…」
「へ?け、けんや?」
謙也、その名前で従兄弟だとわかった。
でも、その隣にいるのは誰なんだろう。
「名前、お待ち遠さまの謙也やで」
ぐい、とわたしの腕を掴み、侑士が金色とミルクティーブラウンの髪色の男の子に近づく。
近づくにつれてだんだんとはっきりしてくる顔。
間近で見た瞬間、はっとした。
「なにこの美少年!」
ふたりとも、恐ろしいくらいに顔立ちが整っていたのだ。
いや、侑士も負けてないけど、本当に人形みたいに整っている。
隣に居た侑士が盛大にため息を吐いた。
「久々やな、侑士」
「…おん、そうやな」
金色の髪の男の子、もとい謙也くんが笑った。
…どうしよう、すごくかっこいい。
「暇つぶしに氷帝のほう来てみたんやけど…、侑士はいつの間にそないに可愛ええ彼女作ったん」
謙也くんの瞳がわたしを向いた。
するとその隣の男の子もわたしの方を向く。
び、美少年たちよ…そ、そんなに見ないでくれないかな。
「悪いけどこいつはやらんで。変な目で見た瞬間に一発くらわすからな」
「なあ、名前なんて言うん?」
「早速かいな!」
侑士がべらべらと謙也くんに向かって何かを言っていると、それに退屈したのか隣の男の子が話し掛けてきた。
その流れ目とか背の高さとか細さとか香水の匂いとか何だか全てがやばいんだけど…。
こんなに完璧な男の子、見たことない。
「あ、苗字名前です」
「名前ちゃん?可愛ええ名前やな!俺、白石蔵ノ介っちゅうねん。まさか氷帝にこないに可愛ええ子が居るなんてなあ」
「ちょお白石一発覚悟しろや」
「おい、忍足!何を喧嘩事にしようとしてやがる!場をわきまえろ!」
わたしに話し掛けてきた白石くんに何やら恐いことを言った侑士に、跡部の怒りの矛先が向いた。
般若のような顔をして、跡部は侑士に本気になって怒り始めた。
謙也くんと白石くん、困ってるんだけどな。
「…あ、跡部って意外と短気なんやな。ほな、俺たちは行くわ。名前ちゃん、また会おな!」
え、と返事をする暇もなく、ふたりは走って行ってしまった。
もっと話していたかったのに。
侑士に大切にされるのは嬉しいけれど、ここまで男に対する嫉妬が激しいのは問題だ。
ようやく跡部からの説教が終わった侑士に、一発蹴りを入れてやった。
侑士ごめん、でも侑士がだれより1番だよ。
痛いと連呼しながらやり返してくる侑士に、心の中でそう思った。
20111208