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「雅、おはよ!」


前をだるそうに歩いていた長身の銀髪。もとい仁王雅治、そんな彼氏に後ろから抱き着いた。

そしてそんな今日は、雅の誕生日。けれど放課後にある作戦があるわたしは、今ここでおめでとうなんて言えない訳で。

うっかり滑りそうになった言葉を、ぐっと飲み込んだ。


「おー、おはようさん。朝から元気じゃのう」


マフラーに口元を隠しながら言う雅。そんな姿すらも絵になるって…どれだけかっこいいんだろう。


「わたしはいつでも元気だからねー。一緒に教室行こう?」
「ん」


さりげなく差し出された手。
わたしはその手に指を絡めて、肩を並べて教室へ向かう。


「お、バカップルおはよ」
「あ、本当だバカップルだ。おはよう」


すると教室に居たのは、ブン太と精市。バカップルだのなんだの言われるけれど、事実だから仕方ない。


「名前、ちょっと」


精市に呼ばれて行こうとすると、ぐい、と身体が引っ張られる。見れば、雅がまだ手を離していなくて、綱引き状態になっていた。


「雅、手」
「…離したくなか」
「…!い、いや、でも…ね?ちょっとだけ」
「いやじゃ」


何度言っても離してくれようとしない雅。きっと精市の話は放課後のこと。本人にばれたらまずい。けれど精市は苦笑して、「仁王がいる時は駄目だね」なんて言いながらまたブン太と話し始めた。


「…すまん、名前」


しゅん、と子犬みたいに恐縮して謝ってくる雅。わたしはそんな雅に抱き着いて、ぎゅうっと胸に顔を埋めた。


「ううん、雅だから許す」


おー朝からお熱いバカップルがいるよ、見てて恥ずい。
そんなブン太の声が聞こえたけれど気にしない。これがわたしたちの“普通”なんだから。

そのまま雅に抱き着いていると、邪魔をするかのように教室に先生が入ってきた。
「おーいそこの仁王夫婦離れろー」
なんて言われたものだから、わたしは恥ずかしくなって勢いよく雅から離れた。
といっても隣の席なんだけど。

だるい授業が始まって、早く放課後にならないかなあ、なんて考えていると、雅が話し掛けてきた。


「名前ちゃん、名前ちゃん」


なんだか表情が嬉しそうだ。
「なに?」と聞き返すと、雅はノートの隅っこに何かを書いて、わたしに見せてくる。


“昼休み、ふたりっきりがいいからどっか行かん?”


…出た、甘えた雅治くん。
ふたりきりがいいだの何だの言う時は、雅治がわたしに甘えたいという合図でもある。

珍しいな、と思ったけれど、そういえば今日は雅の誕生日だ。
わたしはすぐに同じようにノートの隅っこに“いいよ。雅はどこがいいの?”と書いて雅に見せた。

雅はうーん、と唇を突き出す。
子供みたいでかわいい、そう小声で言えば、冷たい手が首筋に回った。


「ひっ…、」
「図書室、」
「え、?」
「じゃから、図書室」


ああ、とわたしは理解して頷いた。屋上とでも言うのかと思っていたけれど、さすがに寒いか。雅、寒いの苦手だしね。

そして来る昼休み、わたしと雅は片手にお昼ご飯を持って図書室へ向かっていた。


「あー寒い…図書室、暖房ついてるかな?」
「…ついてなさそうじゃのー」
「ですよね…」


繋いだ右手は暖かい。
でも、寒さはやっぱり身に染みて。ふたりで背中を丸くしながら、図書室へ到着。


「うわ、寒い!」
「ちょ、凍え死にそうなんじゃけど」
「雅、寒いよーっ」
「お、」


あまりに寒すぎて隣にいた雅にダイブ。倒れることもなく、しっかり受け止めてくれた。
細いくせにすごい男っぽいところが、雅なんだよね。

入り口からはちょうど見えない、死角になっている隅っこへ移動すると、雅が腰を下ろしてわたしを手招きする。

雅の足の間、そこがふたりっきりの時のわたしの定位置。
後ろから雅の体重がのしかかる。でもあんまり重くないし、これが逆に心地好い。


「うまー」
「おっさんみたいじゃの」
「性格はおっさんだからね」
「おっさんとは付き合いたくないんじゃけど」
「あはは、大丈夫だよ。ちゃんと女の子だから」
「ん。」


買ってきたパンを食べていると、雅が甘えるようにわたしの首筋に顔を埋める。どうしたんだろう、ものすごくかわいい。


「…な、名前ちゃん」
「ん?」
「今日…何の日か覚えとる?」


ぎく、っと身体が強張る。
やばい、放課後まで忘れてるふりをしようと思ってたのに。
でも寂しそうな雅の表情を見たら、そんなことはできなくて。


「うん」
「じゃあ、何の日?」
「雅の、誕生日」
「あたり」


ぎゅう、と雅がさらにわたしに抱き着く。


「ほんとは、放課後まで言わないつもりだったんだけどね」
「なして?」
「それは、放課後のお楽しみ」


ちゅ、軽いリップ音を鳴らして雅の頬にキスをする。
くすぐったそうに身をよじった雅が、本当に子供に見えてきた。

放課後はお楽しみだよ、雅。







「なあ、仁王が入ってきたらこれ鳴らせばいいんだろ?」
「そう、赤也とジャッカルと一緒に。ちゃんとタイミング合わせてね!」


そして放課後、わたしは雅より一足先に部室に来ていた。もちろん、狙いはこれ。

題して「仁王雅治バースデー会」。
雅には極秘で準備してきたから、絶対すごい驚くだろうな。

そんなことを皆でわいわい話していると、部室の扉が開いた。
こんなに早く来るなんて予期していなかったわたしたちと雅の行動が、一瞬にして止まった。


「…。なんじゃこれ、」
「に、仁王おめでとう!」


けれどすぐに察したブン太が、真っ先にクラッカーを鳴らす。
それに続いて赤也とジャッカルもクラッカーを鳴らした。


「…?今日、何かあるんか?」
「何言ってるんだよ、仁王の誕生日だろう?」
「俺、の…?」


雅は一瞬目を見開いて、表情が本当に嬉しそうな笑顔に変わった。


「びっくりしただろぃ!今日の為に結構な時間費やしてきたんだぜ」
「…ありがとさん、」


照れ臭そうに笑う雅に、皆も自然と笑顔になる。


「誕生日おめでとう、雅治!」


そうわたしが言うと、雅はさらに嬉しそうに笑った。

12/4 HAPPY BIRTHDAY 仁王雅治

20111205