tennis | ナノ
「蔵ー」
「んー?」
「今日の夕ご飯、チーズリゾット作ってあげるね」
「ほんま?嬉しいわ!俺、名前の作るチーズリゾット大好きやねん!」
「本当?ふふ、なんか照れるね。じゃあ蔵、買い物一緒に来てくれる?」
「おん」
中学1年の頃から8年間、ずっと付き合っていた蔵と結婚して1年。
たまに喧嘩もするけれど、特に大きな支障になることもなく、うまくやっていると思う。
蔵はその腕前を生かして、今はプロのテニスプレイヤー。
顔も性格も全てが完璧な蔵は、やっぱりファンも多い。
だから買い物とかに出ると、蔵はいつも注目を浴びる。
でもそんな蔵と一緒に居られることが、わたしの誇りで。
蔵と一緒に居られることが、わたしの幸せ。
「行こ、蔵」
ふたりして家を出ると、必ず手を差し出してくれる蔵。
その綺麗で大きな手に指を絡めて、ゆっくりと歩く。
「なんや…幸せやなあ」
「え…なに、急にどうしたの?」
「んー…ただ単に思ただけなんやけど、幸せやな、って」
「…わたしも思うよ。というか、蔵が居てくれること自体が幸せ!」
「お、嬉しいこと言うてくれるやん。俺も名前が居てくれはること自体が幸せや!」
「う、言われると恥ずかしいからやめてー!」
「いいやん、減るもんやないし」
「…は…、恥ずかしいの」
「やっぱり可愛ええなあ、名前は」
笑いながら、わたしの頭を撫でてくれる蔵。
結婚したとは言っても、まだ気持ちは高校生。
高校の時の帰り道とか、こんな感じだったなあ。
「あ、ここだよ」
「ここ?」
「うん」
そんな他愛もない話をしながら歩き、ようやく着いた目的地。
そして入り口に入ろうとすると、一気に集まる視線。
蔵…目立つからな。
仕方ないと思いながらもやっぱり複雑。
「あの!えっと、もしかして白石さん、ですか?」
そして歩こうとした時に投げ掛けられた言葉。
高校生くらいの、若い女の子が3人。
一瞬で蔵のファンの子だとわかった。
「え…おん。そうやで」
けれどわたしは何も言わない。
嫉妬して何か言っても蔵の迷惑になるだけだし、この子たちはただのファン、なんだから。
でも蔵は話し掛けられると、わたしに向かって申し訳なさそうな顔をする。
大丈夫だよ、そんな意味を込めて微笑むと、蔵はぎこちなく微笑んでファンの人たちに向き直る。
今もいつもと同じような状態になって、蔵はファンの子に向き直った。
「えっ!やだ、本物!?かっこいい…」
「…っ、も、もしよかったら握手してください!わたしたち、白石さんのファンなんです」
「ほんま?それはおおきに。握手くらいやったらええよ」
蔵は微笑んで3人の女の子たちと握手を交わす。
女の子たちは本当に嬉しそうに笑って、わたしたちに向き直った。
「ありがとうございました!えっと、お…お幸せにしてください!これからも応援してます!」
「おおきに。君らも頑張り」
きちんと律儀にお礼を言って去っていった彼女たち。
本当に蔵を憧れにしてるんだな、って伝わってきた。
わたしがそんなことを思いながら立ち尽くしていると、蔵がわたしの手を握った。
「ちょおほったらかしてすまんなあ。ほな行こか?」
うん、と返事をすれば、蔵は微笑む。
蔵が好き。その思いが、どうしようもなく溢れてきてしまいそう。
そして無事に買い物も終わって家に帰ると、蔵も一緒にキッチンに立ってくれた。
幸せすぎて顔を綻ばしていると、「何にやにやしてるん?」と苦笑混じりに蔵が言ってきた。
「ううん、何でもない」
蔵は不思議そうな顔をしていたけれど、わたしは何も言わずにリゾット作りに戻る。
ねえ蔵。
あなたのことが、本当に心から大好きです。
リゾットに愛を込めて
20111203