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「あ、ねえ見て!仁王先輩!」

「ほんとだ!やっぱりいつ見てもかっこいいよね、仁王先輩」

「だよねー。隣にいるのって名前先輩でしょ?悔しいけどあのふたり、すごくお似合いだよね」

「うん、ほんとにね…」


学校の廊下、1年生の棟。
わたし達は図書室に行くためにこの道を通る。
3年生が後輩の棟の廊下を歩くなんてことは滅多にないから、周りからは好奇の目で見られる。


けれど文句を言う人は誰ひとりとしていない。
それは、わたしの隣を雅治くんが歩いているから。


仁王雅治、といえば女の子なら誰しもわかる名前であり、誰しもがわかる姿だと思う。


鮮やかで綺麗な銀髪、綺麗で整った顔、無駄な脂肪は全くないすらりとした背丈。


女の子の憧れがそのまま形になったような彼は、わたしの彼氏であって、誰よりも大切な人。


ぎゅ、と絡まった指に力を入れると、雅治くんはわたしの方を向いて、綺麗な笑顔で笑った。


その笑顔をたまたま見てしまった後輩の女の子たちが、顔を赤くして俯いていく。
わたしもまだ雅治くんの笑顔には慣れられなくて、少しだけ俯いた。


1年生棟の廊下を真っすぐに抜けると、見えてきた図書室の扉。
雅治くんがわたしの手を引っ張って、名前早く、と言いながら扉を開いて、図書室へと入る。


鼻をくすぐる独特の匂い。
手を繋いだまま、目的である1番隅っこの机に近付いた。


「これ?」

「ん、これ。」


雅治くんが嬉しそうにはにかむ。
そのまま机のところでしゃがんだ雅治くんが、わたしを手招きする。


ゆっくり机の下に入っていくわたし達。
少し進んだところで雅治くんは止まって、ちょうど近くにいたわたしの肩を抱き寄せた。


「ここ、」

「え?」

「ここに俺たちの名前、残しておきたいん。俺が名前の名前彫るから、名前が俺の名前彫って?」


間近でそう不安そうに聞いてくる雅治くん。
嫌だ、なんて言う訳ない。


わたしが頷くとさらにぎゅうっと抱き寄せられて、雅治くんは猫がするみたいに首筋に顔を埋めてくる。


普段は掴み所のないライオンみたいな彼だけど、わたしの前では自分から擦り寄るように甘えてくるんだ。


そのギャップが、本当にかわいい。
好きだなあって、すごく思う。


どこに書けばいいの?
とわたしが聞くと、雅治くんはここ、とその場所を指差す。


「何で彫ればいいかな…」

「ん、」

「これ…」


雅治くんがわたしに手渡したのは、ピッキング。
わたしはそれをしっかりと持つと、机の脚に雅治くんの名前を彫り始める。


「に…お…う、」


そして雅の字を彫ろうとすると、雅治くんの指が制服越しに背中を伝った。


「ちょ…!何するの、」

「いたずらー」

「もー…」


けらけらと無邪気に笑う雅治くん。
ああもう、かわいくて仕方ない。


「できたよ」


机の脚に彫られた、わたしが彫ったぶきっちょな“仁王雅治”という文字。


「ぶきっちょやのー」

「仕方ないでしょ、雅治くんがあんなことするから、」

「んー」


すまん、と雅治くんはひとこと言った後に、わたしにピッキング、と言った。


雅治くんにピッキングを渡すと、彼もまた真剣な表情をして“仁王雅治”の隣にわたしの名前を彫り始める。


「…うまく書けん」


む、と唇を突き出す雅治くん。
机の脚に顔を近付けると、“苗字名前”とわたしよりはマシなぶきっちょな字で彫られていた。


「これで消えないね。わたし達が恋人の証」

「そうじゃのう、…名前」

「なに?」

「…ずっと、俺ん側に居って」


ぎゅうっと抱き着いてきた雅治くん。
その身体がほんの少しだけ震えていて、わたしも抱き着き返す。


そうしたら、雅治くんが嬉しそうに笑うから。
誰も居ない図書室でふたり、猫みたいに甘えたな雅治くんと。

幸せを噛み締めました。
20111127