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「雅治、お金あげるからフルーツ牛乳買ってきて」

「了解ナリ」


わたしは鞄から財布を取り出して、150円を雅治に手渡す。
素直にわたしからお金を受け取って自販機へと走っていったのは、一応彼氏の仁王雅治。


付き合い始めた当初はもっと普通の恋人みたいに見えていたと思うけれど、今じゃもうパシる先輩と後輩みたいな関係になってしまった。


最初はわたしももちろん、雅治に買ってきてもらうたび「悪いなあ」という気はしていた。
けれど、何度それを繰り返しても雅治は絶対に「嫌」と言わない。
それが、今の関係の火種になってしまったんだと思う。


わたしはひとつため息をつくと、窓の外に目を向けた。
…ごめんね、雅治。
わたし、本当に嫌な彼女だと思う。


わたしが男だったら、こんな彼女絶対に持ちたくない。
…雅治も、心ではきっと嫌だって思ってると思う。


もやもやとした思いが募る中、わたしは机に突っ伏した。


「…名前?いらないんか、これ」


自販機から戻ってきたらしい雅治の声が聞こえる。
わたしはがばっと起き上がって、雅治を見据えた。
雅治はきょとんとした顔でわたしを不思議そうに見つめる。


「…あの、さ」

「ん?」

「…いつも、パシられて…嫌だとか思わないの?」


わたしは単刀直入に雅治に聞いてみた。
この後の言葉次第では、別れに繋がるかもしれない。


不安に駆られながらも雅治の言葉を待っていると、返ってきたのは予想外の答えだった。


「嫌だなんて、1度も思ったことはなか」


肩をすくめて言い切った雅治。
お世辞なのかもしれないけれど、雅治の優しさを身に染みて感じる。


「…嘘、でしょ。だってわたしが男だったら、こんな彼女持ちたくないもん…」


ぎゅう、と胸が締め付けられる。
するとわたしの頭を、わしわしと雅治が撫でてきた。


「本当じゃよ。それに、俺は嫌だったら嫌だってはっきり言うし」


その言葉が聞こえた瞬間、わたしは目の前の広い胸に抱き着いた。
周りの目なんてどうでもいい。


ただ、雅治に抱き着きたかった。


「おー、大胆じゃのう」

「…雅治、」

「ん?」

「…ごめんね、ありがとう」


香水の香りがする胸に顔を埋めると、雅治もぎゅう、と抱き返してくれた。


「気にせんでよか。俺が好きでやっとることじゃし」

「…でも、もうやらない」

「何でじゃ?」

「雅治に迷惑かけたくない…」


ほう、と雅治は感心したように息を吐いた。
けれど、これがわたしの本音。


もう誰にも、雅治が素直に服従してるなんて言わせない。
雅治はわたしの奴隷なんかじゃない、わたしの彼氏なんだから。
20111125