tennis | ナノ


一、瞬。
ほんまに一瞬の出来事やった。


いつものように俺と名前は手え繋ぎながら一緒に帰ってた途中で。
信号で止まって、青になって。
ほな行くで、そう言った時に。


繋いでいた手は一瞬にして離れて、
俺の真後ろで、鈍い音がリアルに聞こえた。



「……は、」



何、が。
何が起きたんやろか。



「学生が轢かれたぞ!女の子の方や!おい、そこの彼大丈夫やったか!?」



そう聞かれたけど見向きもできず、
俺はその場に立ち尽くしたまま、
現状を把握できずにいた。


誰が、轢かれたって?
誰や?女の子?


はっ、と思って我に返った時、
俺は咄嗟に後ろを振り向いた。
リアルに残る、あいつの手の感触。
真後ろにあるトラックの周りを走ってぐるりと回ると、
見えたのは、力無く道路に投げ出された、あいつの手。


がむしゃらに走って名前に近付き、その細い身体を抱き起こす。
身体の下は、真っ赤な鮮血で染まっていた。



「っ、ちょ…、目え、覚ましてや…」



そう言葉を投げ掛けるけれど、彼女から返事は返って来んかった。
返事の変わりに溢れ出すんは、真っ赤な血ばっかしで。



「名前…名前、嫌やで、こんなん…。こんな別れ方したくない言うたのはおまえやんか!!」



頬に触れると、既に温かみはほとんど失くなっていて、
俺は引っ切りなしに流れる涙をそのままに、彼女をかき抱いた。


一瞬にして崩れた世界。
鮮やかだった視界は、一瞬にしてモノクロに変わる。


しばらくすると救急車が来て、俺と名前を引き離そうとした。



「っ、やめてや!こいつに触るんやない!」



嗚呼、なんてことを言ったのだろうか、俺は。
傍から見ればきっと、狂ったようにしか見えへんのやろう。
やけど、そんなこと関係あらへん。
ぎゅ、と彼女をさらに抱きしめると、
救急隊の人らに無理に引き離されてしまった。


力づくに手を振り払って彼女を取り戻そうとしたけれど、
もう、遅くて。



「やめ、…名前を…、名前を返せや!名前は俺んや、…お願いやから、連れて行かんで…」



救急車に向かって叫んだ俺の想いも虚しく、救急車は走り出す。
俺はその場に力なく座り込み、泣き叫んだ。


嫌や…お願いやから…
俺から名前を奪わんといてや…。


…しかし翌日待っていたのは、
最悪な結末やった。


あいつは轢かれた時点で即死だったらしく、
俺の前から呆気なく姿を消してしもた。


あいつの葬儀では部長や謙也さん、
遠山や小春先輩、ユウジ先輩、
もといテニス部全員が泣いてたんや。


そんな中、俺は何故か泣くことができなくて、葬儀では一切泣かなかった。


…あいつのいない世界なんて、もぬけの殻と同じや。
景色は全て、モノクロで。


明日なんて来なくていい、
やからあいつを、返してや…。


あいつがいなくなっても変わらず真っ青な空を仰いで、静かに目を閉じた。

20111116