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「謙也せんぱーい!」

「ボタンください!」

「学ランくださーい!」


今日は四天宝寺中の卒業式。
中学の3年間を終え、わたし達は無事に卒業を迎えることができた。


そして卒業式を終えると同時に、わたしの彼氏である謙也に群がる女の子達。
ボタンはまだいい…いや、よくないけど、学ランはどうかと思う。


ちゃんと約束してくれた第2ボタンくれるのかなあ、なんて思いながら、わたしはその様子を眺めていた。


「白石くんボタン!」

「ベルトー!」


さらに聞こえてきたのは蔵に群がる女の子達の声。
でも「ベルト」という言葉が聞こえたのにはぎょっとした。
まあ、確かに好きな人のなら何でも欲しいよね、そりゃあ。


この中学3年間、謙也と蔵と仲良くさせてもらってきた。
ふたりとも絶大な人気があったし、いじめとかもあったけれど、ふたりが守ってくれたおかげで、ここまで来れたんだと思う。


謙也と付き合う前、中学1年の夏あたりに蔵に告白されたことがあったけれど、わたしはその頃からもう謙也が好きだったから、蔵の告白を断った覚えがある。


気まずくなるはずの関係は逆に、さらに絆の深みを増して、蔵とは親友、という形になった。
本当に頼りになるよね、蔵は。


「名前…ちょお助けてや」


後ろから声が聞こえて振り向くと、制服がぼろぼろになっても未だに女の子に囲まれている蔵の姿。


「…すごいね、袖のボタンまで」

「ほんま勘弁して欲しいわ。またボタンくっつけなあかんなあ」


はは、と笑いながら言った蔵。
そんなことを言いながらも、何気に嬉しそうな顔をしてる。


「…あ、そや。これ自分にやる」

「え?」


蔵がポケットからわたしに差し出したのは、金色に光る制服のボタンだった。


「どうしてわたしに、」

「んー…何でやろ。親友の証ってやつ?まあ、もらっといて」

「あ、うん」

「あと、ちなみにそれ第2やから」

「えっ」

「まあまあ、俺と仲良くなかったら絶対もらえんやつやで?ありがたくもらっとき」

「でも…彼女とかいなかったっけ、蔵…」

「彼女?んなもん居らん。それに、自分らと一緒に居る方が気楽やしな」


どきん。一瞬だけ蔵にときめいたけれど、わたしの彼氏は謙也だ。
ありがとう、そう言って蔵からもらったボタンを大事にポケットにしまった。


「名前!」


わたしを呼ぶ声が聞こえて顔を向けると、謙也が走ってきた。


「すまん、遅なった」

「いいよ。どうせボタン全部取られたんでしょ」

「…まあ、」


謙也は罰の悪そうに目を伏せたけれど、おもむろにわたしの前に手を差し出した。


「やけど、約束の第2は取ってあるんやで。感謝せな」


その手の上に乗っていたのは、ボタン。
謙也の顔を見れば、瞳を細めて微笑んでいて。


「あり、がと…。ありがとう、謙也」

「おん。自分彼女なんやし、こんなん当たり前やろ」


謙也はコロン、とわたしの手の平にボタンを乗せると、その手で頭を撫でてくれた。
なんだか気恥ずかしい。


「おー、見せつけてくれんなや。独り身は寂しいやろ」

「あ、白石居ったんか」

「気づくん遅!さっきからずっと居ったわ、アホ」


蔵が笑いながら謙也の頭を小突いた。
こんな光景が高校に行っても続くと考えると、嬉しくてたまらない。


「まあ、白石もすぐに彼女くらいできるやろ」

「んー、まだいらんかなあ」

「この色男め」

「はは、そりゃお互い様やん」

「俺には名前が居るし」

「ちゃっかり自慢すんなやー」


謙也がいて、蔵がいて、わたしがいる。
テニス部での青春は終わってしまったけれど、高校でもこのふたりと一緒に過ごせたらいいな。


ポケットの中のふたつの第2ボタンを握りしめて、わたしはふたりに向かって言った。


「高校行っても仲良くしてね!」

20111120