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わたしには、付き合って1年になる彼氏がいます。
名前は仁王雅治くん。
女の子からとっても人気がある彼は、学校で第1、第2を争うくらいの憧れの的。
もともと目立つタイプではなかったわたしが、仁王くんから告白されるなんて夢にも思いませんでした。
けれどそのおかげで、わたしは今すごく幸せです。
「名前ー」
「あ、仁王くん。どうしたのー」
「…何で付き合って1年も経つんに、名前で呼んでくれないんじゃ」
「…あー…うん…」
「…俺でもさすがに寂しくなるんじゃけど」
けれど付き合って1年が経つ今でも、慣れないのが…、じゃなくて、できないのがこれ。
仁王くんのことを名前で呼ぶこと。
仁王くんはちゃんと“名前”って呼んでくれてるのに、わたしはまだ“仁王くん”止まり。
友達にも、幼なじみの蓮二にもさんざん言われたんだけれど…
なぜか、呼べない。
…恥ずかしいっていう気持ちが、邪魔をする。
「ごめんね、ま…さ…まさるくん」
「誰じゃまさるって。“さ”と“る”の間に“は”を入れんしゃい。ほれ、雅治って言ってみるナリ」
「…ま、まさ…る」
「…じゃから、“は”を抜くな“は”を」
はあ、と呆れたように息を吐いた仁王くんは、わたしの後ろへ回り込む。
すると後ろから暖かいぬくもりに包まれた。
「…あったかい」
「じゃろ?けど、お前さんが俺のこと名前で呼んでくれるまで離さんぜよ」
「ええ…」
確信犯だ、この猫みたいな人間。
寒い寒いと言いながら、仁王くんはさらにわたしに身体を引っ付けた。
…恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
「…ねえ、お願いだから離れて、」
「嫌じゃー、だったら早う俺の名前ー」
「…、」
いつもならじゃれてくる子供みたいでかわいいけれど、今はこの彼氏が憎たらしくて仕方ない。
言えないことわかってて言ってくるあたりが本当に憎たらしい。
でも、そんな彼に髄から惚れてるわたしもわたしだよね…。
「…ま、さ…くん」
「んー?」
「…まさ、はる…くん」
「…!」
仁王くんには聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で、わたしは彼の名前を呟いた。
…それにしても、雅治って名前…かっこいいな。
「ちょっ…名前、それは…」
「え、?」
「…反則、じゃろ」
「?…え、何が?だって、雅治くんが言えって言ったんじゃ…」
雅治くんが呟いた言葉の訳がわからずに困惑していると、後ろからぐいっと顎を持ち上げられた。
真上には、反対向きだけれど雅治くんのそれはそれは綺麗な顔が。
喉が地味に苦しくて眉をひそめると、雅治くんはにやりと笑ってわたしにキスしてきた。
ちょっと、ここ教室だよ!
そんなわたしの気も知らず、クラス中には悲鳴や冷やかしが響く。
やっと離されたと思って目を開くと、雅治くんは唇に人差し指を当てて、厭らしく微笑んだ。
「俺のこと名前で呼んでくれたご褒美、じゃよ」
その言葉に顔が一気に熱くなる。
雅治くんはまた喉で笑うと、またわたしへ引っ付いてきた。
そのふわふわの銀髪を撫でながら、わたしも無意識に微笑んだ。
「大好きだよ、雅治くん」
そう彼に呟けば。
雅治くんは心底嬉しそうに笑った。
20111124