tennis | ナノ
「う、わ…」
目前に広がるのはただっ広い緑色のテニスコートと、女の子の群れ。
女の子達の目線の先にあるのは、まさに“王者立海”と呼ばれるテニス部の練習風景。
目でやっと追えるほどの速さでネットを行き来するボールを、涼しい顔で難なく打ち返すテニス部のレギュラー達。
友達がどうしても幸村くんを見たいというから仕方なしに着いて来ただけだけど、
その動きのキレの良さや、真剣な表情をしてギャラリーには見向きもせずに練習に励む彼らを見たら、意外にも見入ってしまっていた。
その中で、わたしの視界に入ったのは一際目立つ、銀色。
すらりとした高い背に、遠目からでもわかる色白な肌。
彼が動くたびにさらさらと揺れる銀髪。
確か…名前は、仁王、雅治。
女の子達の間では幸村くんと並ぶくらいに飛び交う彼の名前。
あの容姿だし、人気があるのも頷ける。
好きになるのに、そう時間はかからなかった。
「休憩!」
幸村くんの声がコートに響く。
レギュラーは皆練習を切り上げ、ベンチに向かって歩いて行く。
女の子達からは聞いているだけで疲れてしまいそうな黄色い声が上がった。
でも仁王だけは、ひとり。
ベンチとは反対の、日陰のほうへ歩いて行く。
あ、確か誰かが、仁王は暑いのが嫌いと言っていたかも知れない。
だから日陰に行くのかな。だからあんなに色白なのだろうか。
わたしは目の前にいるテニス部のファンであろう女の子達の目を盗み、
仁王の後を追ってみることにした。
こそこそと、仁王が居るであろう場所に近づくにつれ、
わたしの心臓は煩くなる。
同じ学年とはいえ、話すことは初めてなのだ。
仁王にとっては、わたしの存在すらわからないのかも知れないけれど。
ドキドキと煩い胸に手を当てて、一歩、また一歩と近づいて行く。
そして、ここを曲がれば仁王が居るという場所に差し掛かった時だった。
「…くん、部活お疲れさま!」
「ん、ありがとさん」
「いえいえ、どういたしまして。あ、スポドリ飲むでしょ?自販機行ったついでに買ってきちゃった」
「おー、気が利くのう。実は俺も、買ってくる予感がしちょったから、ドリンク持って来んかったんじゃ」
「なにそれ、予想的中だね」
「そうじゃのう、お前さんがしそうなことは予想できるようになったのかもしれん」
「わたしが単純だって遠回しに言ってるでしょ!もう!」
「…ピヨ」
「え、…」と。
わたしの思考が一瞬停止した。
ひとりで居るはずの仁王の隣には、かわいらしい女の子の姿があったから。
仁王に彼女が居るなんて噂も流れたことがなかったし、第一女の子には興味がなさそうなところが人気の売りだったから、
驚きで開いた口が塞がらなかった。
だけどそれを知ってしまったわたしは、好きになってからものの数分で失恋したことになる。
人間、好きになるのは簡単だけど、
諦めることはそう簡単にできることじゃない。
どうしてわたしは、仁王を、
仁王なんかを好きになったんだろう。
初めて知った、好きになる苦しみと、失恋する苦しみ。
溢れ出す涙は、わたしの心の苦しみを洗い流してくれるかのように、ぼろぼろと流れてくる。
好きになるのを簡単にするんじゃなくて、
諦めることを簡単にしてくれればいいのに。
人間というものはなんて、残酷な気持ちをもつ生き物なのだろうか。
20111115