B akuman


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◆◇◆



ぴり、と何かを破る音がする。それが避妊具だと分かると、蒼樹はとっさに目をつむった。

心臓の音だけが耳に響く。
もうすぐ彼を受け入れる、セックスという行為はずっと他人事だと思っていた。自分が男性と性行為をするなんて想像もしなかった。
男性不信なところもあったが、今考えれば未知の世界へ踏み込むのをずっと怖がっていたのかもしれない。

(でもこんなに簡単にしちゃうなんて・・・本当は、軽いのかしら)

好きな相手とはちゃんと時間をかけて愛を育みたいと、常から考えていたはずなのに。恋を意識した当日にベッドにいるなんて、いつもの自分には考えられないことだ。
だからといって後悔してはいない。どちらかと言えば初めての冒険に出るような、ワクワクとした気持ちが強い。多少の不安はあるけれど、相手が彼なら・・と思う。

(福田さんは、どんな気持ちなのかしら)

実のところ福田の女性関係は殆ど知らない。以前その手の話題が出た時も「まあ、それなりに」とお茶を濁されて聞けなかった。
少し古風な考え方をする人でもあるし、遊んで歩く男性とは思えない。でも本人が「それなり」というくらいだから、自分よりは経験豊富なのだろう。それを思うと少し悔しいような気がした。
上手い下手の評価ができる自分ではないが、福田の愛撫は優しかった。なんとなく強引なイメージがあったのに、彼の唇や指はこわれものを扱うみたいに、蒼樹に触れた。それは少しだけ意外だった。

(・・?)

ふと、蒼樹は閉じていた瞼をうすく開く。時間がかかっているような気がして、少し不安になったのだ。どうかしたのかしらと福田を窺うと、彼は眉間にシワを寄せなにやら手を動かしている。
その真剣な面持ちを不思議に思う蒼樹だったが、どうやら避妊具を装着しているらしいと悟り再び目を閉じた。何となく声をかけてはいけないような気がして。
口内の唾を飲み、彼の作業を待つ。BGMが新たな曲に変わった頃、ホッとしたようなため息が聞こえて終了したのが分かった。よく分からないがなかなか大変な作業だったらしい。

(お手伝いしたほうが良かったのかしら・・)

なにぶん初めてなものでその辺の気づかいが難しい。こちらの心配をよそに、福田の手は蒼樹の膝に触れる。ゆっくりと開かれて太股に彼の足があたると、思わず目を開けた。

「!・・っ」

秘裂に覚える温かく硬いそれは、男性器なのか。福田の指先が探るように動き、入口を見つける。
いよいよだと思うと体に力が入って、まるで祈るように胸に手をあてた。貫かれる瞬間は、ぐいと何かに強く押されるような感覚。つい腰が引きそうになるが歯をくいしばって堪える。

(!?な、なにこれっ)

こじ開けるように侵入してきて、その異物感と圧迫感に体が悲鳴を上げる。眉間に深くシワを寄せて、息を止めた。痛いらしいとは聞いていたが、ここまでとは思わなかった。
無理かもしれない、と蒼樹は助けを求めるように福田を見ると、彼も同じく苦しそうな表情をしている。こちらの視線に気づいたのか、福田の眉間がやや緩んだ。

「どした?大丈夫か?」
「だ、大丈夫じゃないです・・すごく痛いです」
「・・まだ先しか挿れてねぇぞ?」
「えっ!じ、じゃあまだ痛くなるんですか?」
「仕方ねぇだろ。ここまできてんだ、もうちっと頑張れ・・・」

そう言って苦しげに息を吐く。もしかして自分を気遣ってくれているのだろうか・・蒼樹はもう一度福田を見つめた。
長い髪がゆるやかに揺れてその顔に影をつくる。薄暗い明かりのせいか、それはどこか切なげに映った。いつも見せないその表情に、鼓動が速くなる。

(福田さん・・)

恋していると実感したせいか、無性に彼が素敵に見えてしまう。蒼樹は覆いかぶさる腕に触れてみたくて、そっと指を伸ばした。

「ん?」
「あの・・触ってもいいですか?」
「お?お、おお・・」

微かに汗ばんで硬い腕に触れると、次はその胸板に触れてみたくなる。そろそろと手を動かしながら、次は肩、次は鎖骨と欲望は移動していく。どうしてか分からないが、福田の肌が好ましかった。触れれば触れるほど、もっと触れたくなった。
そうして手が首を通って頬へたどり着くと、気恥ずかしそうな彼の瞳と目が合った。

「あのな」
「?」
「そういうことされたら・・・やばいから」
「やばい・・?」
「もー・・だめ、無理」

耳元で大きくはーっと息をつかれ、そのまま強く抱きしめられる。蒼樹が何か声をかけようとした時、唐突に感じた下半身の衝撃に背中が弓なりに跳ねた。

「!?あぁっ・・!」

一気に貫かれて口が大きく開く。引き攣れるような強い痛みに苦痛を感じるよりも、初めて覚えた一体感にその身が震えた。
はぁ、と漏れる吐息を福田の唇が攫う。強引に舌を絡ませて口腔を舐めつくす、それはさっきまでの口づけとは違い性急で荒々しかった。

「んっ・・ふぅ、は、あぁっ・・」

糸を引く唾液と互いに混ざり合う呼吸に、くらくらして。知らないうちに自分も舌を絡ませていた。
理性がとろけていくその瞬間、蒼樹の心は痺れるような昂りを覚える。

それは、一種の感動であった。

「動く、ぞ」

答えを待たずに福田の腰は律動を始める。はじめは緩慢に動かしながら、やがて耐え切れないのか徐々に動きを速めて。
肌と肌が摩擦する音、微かな衣擦れ音、荒くなる息。もはやBGMも聞こえない、ただ相手の存在を確認する音に耳が惹かれていく。

「っ・・あぁ、はぁんっ」

甘い嬌声は自分の声ではないよう。恥らうよりも先に出てしまった。
痛みの中に微弱な電流のようなものを感じる。快楽とまでいかないその感覚は、蒼樹の体をさらに熱くさせた。
のしかかる重みと体温が好ましい。熱を含んだ瞳をこちらに向けられると、喜びで胸が満ちる。繋がれた体は心まで一つになったように思えた。

「ふく、だ・・さんっ」

目の前で揺れる彼の髪が、近づいて頬をくすぐる。ごく自然に腕は伸び、蒼樹は福田に抱きつく。密着がいとおしくて、酔うように目を伏せた。
それと同時に腰の動きもさらに速まり、突き上げられるたびに体の奥が疼き奇妙な感覚におそわれる。渇いて欲する、それは官能の予感だった。

「ああぁ・・っ!」

背中が粟立つような快感とともに、強く抱きしめられる。その時、耳元で福田がなにか囁いた。
ため息に混じって聞こえたそれは、切なげに、そして口惜しそうに。

『ごめん、もう限界・・いく』

許しを求める彼が、こんなにもかわいいのかと、蒼樹は初めて知る。
思わず頬が緩んで背中に回した手に力をこめた。いつも見せない別の顔を知って、不思議な幸福感が胸を満たす。

ああ、まだはじまったばかり。

知りたいと、もっと福田という人を知りたいと。蒼樹は「はい」と肯いて、微笑みながら絶頂の彼を受け止めた。




―――そうして、2人は本当の恋人になったのだった。







END





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BAKUMAN


(bakuman....)





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