D.gray-man U







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結局朝になってもリーバーと顔を合わせづらいリナリーは、食事もとらずゴロゴロと昼頃までベッドの中にいた。
さすがに空腹で起き上がると、着替えのためクローゼットを開ける。適当にカットソーとスカートを引き出しから取り出すと、奥にしまってあった紙袋の存在に気づいた。

「・・・・・・」

そろそろと紙袋を取り出す。別に悪いことをしている訳ではないのに、ドキドキしてしまうのは袋の中身のせいだろう。

ピンクのサテンに黒のレースが施され、ブラジャーの肩紐とショーツの脇に大きなリボンがついている。いわゆる勝負下着だ。
少し前にクラウドから借りた下着の通販雑誌をエミリアと見ていて、つい盛り上がってしまい買ってしまった。まだ出番はないが、そう遠くない時期にこれを着けれたらいいな・・と思っていたりする。

(こういうのを着けたら、班長だって子供扱いしないんじゃないかな)

思えば昨夜これを着けていけばよかった。今日こそはと思いながらも、どこかで逃げ腰だったのかもしれない。

「・・うーん」

リナリーは鏡の前でブラジャーをあてながらまじまじと自分の姿を観察する。

「もうちょっと胸があってもいいわよねぇ」

両手で胸を掴む。ジャンプすると僅かに揺れるくらいの重量、エミリアとまでは言わないけれどもう少しボリュームが欲しい。
アジア人のせいか骨格自体が細いリナリーは、自分でも女性としても魅力が足りないように見える。10歳も離れた彼にしてみれば、やっぱりまだ子供に見えるのだろうか。

鏡の前で髪をかき上げ、ちょっと大人っぽいポーズを取ってみる。自分ではそんなに悪くないと思うのだけれど、他人の目からはどう映っているのだろう。
確かに「可愛い」と言われることはある、でもそれは教団の中でのこと。リナリーにとっては家族や親戚に言われるのと変わらない。実際のところ男性から見て、自分の評価はどうなのだろうか。

(やっぱり子供っぽいのかな・・私)

体つきも、教団にいる他の女性陣と比べると幼いような気がする。まあ年齢も一番若いのだけど。

「・・どう思われてるのかな」

ぽつんと口に出して、ハッと気付く。そうだ、聞いてみればいいのだ「女としても評価」を。
さすがにリーバーに直接聞く訳にもいかないし、聞いたとしても正直に教えてくれる筈ない。じゃあ他の男性、リナリーと親しくて嘘偽りない回答をしてくれそうな人に、聞いてみればいいのだ。

(誰に聞こうかしら・・アレンくんは・・・ダメだわ、悪い部分は教えてくれなさそう。ラビは適当にはぐらかされそうだし・・神田は・・・そうだわ、神田なら教えてくれるかも!)

いい意味でも悪い意味でも率直で、付き合いも長い神田なら、リナリーの女として未熟な部分も教えてくれるかもしれない。口が悪いのは昔から慣れっこだし逆に遠まわしな表現より直接的な言葉のほうが分かりやすい。
そうだ、そうしよう。自分のひらめきに確信を得たリナリーは勝負下着を紙袋に押し込むと、昼食時で混み合う食堂へ向かうため部屋を出た。



今しがた蕎麦を食べ終えたばかりの神田は、突然現れたリナリーに腕を引っ張られ食堂の隅の席へと連れて行かれた。

「なんだよ、いきなり」

憮然とした顔で見下ろす神田は、不機嫌さを隠そうともしない。リナリーは「あ、うん、あの、ね?」と気恥ずかしさから曖昧に笑う。いくら親しいとはいえ面と向かって「私って魅力ある?」とは聞きづらい。

「チッ、なんか用があんなら早く言えよ」
「わ、わかってるわよ」

とりあえず席につき、キョロキョロとあたりを窺う。近くの席に誰もいないのを確認すると、リナリーは身を乗り出し小声で話す。

「聞きたいことがあるの。ちょっと耳かしてくれない?」
「・・・・・・」
「そんな嫌そうな顔しなくたっていいじゃない、もうっ」

神田も大儀そうに身を乗り出し、耳をリナリーへ向けた。

「あ、あのね・・・その、男の人の率直な意見を聞きたくって・・・あ、神田の意見だけじゃなくって皆がどう思っているか、とかも聞きたいなって」
「あ?」
「だからねっ、ほら女としての魅力・・っていうか、印象っていうか・・と、とにかく神田の意見を聞きたいのよっ」

さすがに恥かしくて目を合わせられず、リナリーは顔を背けながら言う。少々攻撃的なその物言いは照れ隠しである。
当の神田は話の意図が見えず片眉を跳ね上げ、訝しげにリナリーを見ると、そっぽを向いた彼女の視線の先に白い猿の姿を確認した。ラウ・シーミンは主人がデザートを取りに行ってる間、美味そうに果物の山を胃袋に収めているところで。

(・・・ペットでも飼いたいのか?)

どうやら神田は残念な思考へ辿りついてしまったらしい。

「印象もなにも、猿だろ」
「はっ!?」
「?・・・・なんだよ?」

猿、という答えにリナリーは目を剥いて神田を見る。しかも全く悪びれた様子もなく、だからどうしたと言わんばかりの態度だ。

「さ、猿って・・どういう意味よっ」
「見たまんまだろ。バカかお前は」
「ちょっと喧嘩売ってるの?いくらなんでも猿ってのはないでしょう?なによ猿って」
「おまえが聞きてえって言ったんだろうが、それで文句なんか言われる筋合いはねぇ」

確かに。聞きたいと言ったのは自分だ。神田の口が悪いのも知っていたし、だからこそ率直な意見を聞けると思ったのもリナリーだ。

(だからって猿はないでしょう、一応私だって女の子なのよ、それなのに猿って・・猿ってなによっ!)

ふつふつと怒りが湧き上がるが、これは神田の一意見だ別に他の人の意見ではないと、自分自身を納得させてリナリーはもう一度神田を見る・・いや、睨む。

「・・・とりあえず神田の意見はいいわ、参考にならないようだし。だから神田が聞いたことのある『他の人の』意見だけ教えてくれる?」
「チッ」

当たり前のことを言っただけで怒られてしまった神田は、さらに面倒そうに腕を組む。本当はこの場から去りたいが、テーブル下で今にも発動しそうなダークブーツの存在が気がかりだった。
ここは相手が欲しい情報を渡してとっとと帰ってもらおう。という訳で頭の中にあるラウ・シーミンの情報をなんとか捻り出す。

「よく、食うって話だ」
「・・え」
「なんだよ、また文句かよ」

首を横に振って下唇を噛み締める。グサっと見えない刃物が刺さったような感覚がしたが、見に覚えがあるから何も言えない。実は最近ちょっと体重が増加傾向にあったのだ。リナリーは恥ずかしさと情けなさに顔を赤くして俯いた。
やっぱりダイエットしなければ・・任務あけのチョコレートケーキが美味しくって、つい食べ過ぎてしまうのをなんとかしよう。あと紅茶の砂糖も控えめにして、ミルクティーからレモンティーに変更しないと。
リナリーは膝の上で握りこぶしを作り決意するように肯いたが、そんな彼女に神田のえぐるような言葉がまたも襲う。

「あとは、たまに匂う・・らしい」
「!?」

俯いた顔を咄嗟に向けて、目を瞠った。
神田としては、以前クラウドがラウを風呂に連れて行くときにそう言っていたのを思い出しただけなのだが、リナリーの顔は強張ってぴくりとも動かない。

「まあケモノだからな、風呂もそう頻繁じゃねぇんだろ」

真顔でそう言い切る神田に、頭の中で「カッ」と何かが切れる音がした。
その途端、最速を誇る彼女のイノセンスが机を蹴り上げ真っ二つに割った。そして流れるような動きで足先が神田の顎へと命中し、ドーンという激しい衝撃音とともに黒髪の男は壁に打ち付けられた。

「失礼ねっ!お風呂は毎日入ってるわよっ!!」

ざわっ・・と食堂中に緊張が走った中、今にも泣き出しそうなリナリーの悲痛な叫びが響き渡る。肩で息をしながら振り返ると、入口にいま来たばかりらしい恋人の姿が目に入った。
リーバーは状況が全く掴めていないようだったが、つかつかと早足で近づいてきたリナリーを見るやいつものように笑いかけた。

「リナリ・・」
「班長、わたし毎日ぴっかぴかのつるっつるに磨いてるからっ!」
「は・・?」

鼻息を荒くして怒る彼女の姿にリーバーはポカンとしたが、その瞳にじわじわと涙が溜まってくるのに気づく。

「ど、どうした?なんかあったのか?」

そう言って肩に手を置こうとした時、リナリーの涙が堰を切ったように溢れ「なんでもない!」と叫びながら彼の横をすり抜け全速力で走り出した。
廊下に響き渡る、うえええん、という泣き声が遠退くのを聞きながら、リーバーは食堂の壁に出来た大きな壁穴とよろつきながら立ち上がった神田を見て、漠然と涙のわけを知るのだった。




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