D.gray-man U
1
長い指。指先についたインク。風呂上りらしい、下ろした髪。
ドアを開けて自分の存在に目を瞠ると、彼はしかたないな、と優しく笑って部屋へ招き入れてくれた。
深夜0時。
リーバーの部屋は雑然として科学班の机の上のよう。重ねられた資料、濡れたペン先。インクの蓋は閉まってなくて、たった今まで仕事をしていたのが分かる。
「あ、あのね班長・・」
ドキドキする。今日こそは、って思っている。
借りた本を返すっていうのは口実。本当は彼の部屋に入りたかっただけ、というより二人きりになりたかっただけ。
付き合ってもう半年近くなのに、なかなか進展しない関係がじれったくて、とうとうこんな強行策に出てしまった。
「本を返すんなら朝になってからでもよかったのに」
「それは・・そうなんだけど。ちょうどさっき読み終わったから、せっかくだから班長に返そうかなって・・あ!ほら感想も言いたかったし」
「だからってあんまり夜遅くに出歩くなよ、女の子なんだから・・」
「んもう、兄さんみたいなこと言わないで」
拗ねるように口を尖らすと、リーバーは「まあ兄みたいなもんだし」とリナリーの頭をぽんぽんと叩く。
(まるっきり子供扱いなんだから)
恋人が深夜に訪ねているのにその扱いはないだろう、と思う。もっと色っぽい空気になったっていいはずだ。尖らせた唇にひとさし指をあてながら考える。
リーバーは返された本を本棚にしまうと、眠そうに欠伸をしながらリナリーを見る。
「感想は明日聞くよ、今日は遅いからもう部屋へ帰ったほうがいい。ほら、送っていくから」
「えっ、もう?」
「もうって、時計見たか?もう0時過ぎてるんだぞ?夜更かしし過ぎ」
シャツ一枚のラフな姿にセーターを着て、リーバーはドアを開けると「ほら行くぞ」と手招きした。
「・・・・・・」
「?どうした、なんか忘れ物か?」
「・・・・・別に、そういう訳じゃないけどっ」
なんてあっさりしているのかしら。
リナリーは口をへの字にしてリーバーの横を大股で歩く。ムッとしているのに気づいて欲しくって、自分でも子供っぽいって分かっている。
「リナリー」
名前を呼ばれると同時に腕を引かれた。セーターの柔らかい感触が頬にあたる、抱きしめられたのだと気づく。
「は、班長?」
心臓が早鐘のように鳴り、リナリーの顔は赤くなる。とうとう彼もその気になったのかしらと、緊張しつつも嬉しく思っていると。
「うーん、リナリーでっかくなったなぁ」
「え?」
「昔はこうやって抱っこするときは膝つかなきゃならなかったのに、今は立ったままできる」
「どういう意味よ、それ」
「いや・・嬉しいような、ちょっと淋しいような」
抱きしめられたまま、耳元で聞こえるため息にリナリーの眉間にシワが寄る。
「ねぇ班長、私達って・・・付き合ってるのよね?」
「ん?なんだよ、急に」
怪訝な顔で見下ろすリーバーを見上げながら、彼が自分を「女」として見ているのか急に心配になった。
キスは何度かしたことはあったけれど、殆どがおでこで唇は数えるくらいしかない。恋人がするような濃厚な口付けは、いまのところリナリーの想像上の行為でしかない。
「その・・・し、したいなって思わないの?私と、あの、キスとか・・それ以上とか」
「はあっ?」
すっとんきょうな声を上げられ、リナリーはリーバーを睨みつける。
「な、なによその意外そうな声はっ」
「いやだって・・急にどうしたリナリー。あ、もしかして室長と喧嘩でもしたか?」
「なんでここで兄さんが出てくるのよっ!ああもうっ、班長ってどうしていっつもそうなの?鈍いの?緩いの?よく分かんないっ!」
キーッ!と胸を突き飛ばし、リーバーは背後の本棚へと跳んだ。バサバサと落ちる本を無視してリナリーは部屋から走りだす。
(ほんとに子供扱いなんだからっ・・!)
シュンッと耳元に風切り音を聞きながら暗い廊下を駆けて行く。
恥かしいような悔しいような複雑な気持ちに、叫びだしたくなったが時間帯を考えて歯をくいしばるだけで我慢した。
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