D.gray-man U
3
「トマトソース・・」
顎をぽりぽり掻いてソカロは呟く。彼なりに考えたようだが結局分からなかったらしい。飲み残しのコーヒーを一気に飲んで、朝食のパンに噛り付く。仮面の隙間からミランダを窺うと、さっきほどではないが怯えが見えた。
(眉唾モンだな、どう見ても)
最初から疑ってかかっていたので、失望もない。それよりも「恋」と信じ込んでいるミランダに少々興味がわく。
もともとソカロは女子供には凶暴ではない。かといって積極的に優しくもしない、自分よりはるかに弱いものに興味はないのだ。楽しみは戦闘のなかに見出す彼にとって、弱さは目に留めるものではなかった。
吹けば飛ぶような、ちょっと腕を掴んだだけでポキリと折れそうな。おそらく今日声を掛けられなかったら、ミランダの存在を気にもしなかっただろう。
「おい」
「は・・はい」
「で?おまえはどうしてぇんだ?俺のコトが好きってんなら、あれか?やってもいいってことかぁ?」
フォークでウインナーをぶっ刺し、それをミランダへ向けた。
「やって・・?」
「そういうこったろ?男と女っつうのは。まあ、そんなコトは出来ねぇっつうなら早々と引いたほうがいいぜぇ、なあ?」
低い声でそう告げたソカロの声に冗談やからかいはない。普通の人間なら泣いて逃げ出してるだろう迫力を感じる。現に周囲にいる団員は俯いたまま黙々とフォークを動かしている。脅しを込めたその問いに彼女も逃げ出すだろうと思っていた。もちろんソカロも。
当のミランダは不安げな顔で「え、ええと・・その」とぶつぶつ呟いていたが、やがて意を決したように椅子から立ち上がると。
「よっ、よろしくお願いしますぅっ・・!」
深々と頭を下げて叫ぶ。その真剣な顔は、意図することを理解しているとは思えなかった。
◆◇◆◇◆
「―――で、ああなったと?」
目の前にある萎れた二つの顔を見ながら、クラウドは肯く。
「はい・・私たちがちゃんと言ってあげなかったから、あんなことに」
「ミランダがソカロ元帥を好きだなんて、誤解だと思うんです。でも、それをどう訂正してあげればいいか分からなくって・・でも、まさかあんな急に・・」
夕食後に集まった女子達のなか明らかに元気のないリナリーとエミリアにクラウドが気づき、二人はミランダの件を告白した。
なにしろ今朝の事件は教団中の噂であった。「あの」ミランダが「あの」ソカロに告白したのである、意外すぎるカップル誕生に誰もが驚いた。
話を聞いた団員もすぐには信じられなかったが、昼時にソカロの後をちょこちょこ歩くミランダの姿が食堂で確認されると、否定的だった人々も認めざるを得なかった。
「でも、本当に誤解なんでしょうか」
フェイが首を傾げつつ紅茶を飲む。隣にいたキャッシュがクッキーを口に放りながら肩を竦めた。
「普通、自分の恋心まで誤解しませんよね?」
「まあそうだろうけど、ミランダって思い込み激しいからねぇ・・うーん」
「やっぱり私たちが『恋だ!』って言っちゃったから、ミランダそう思い込んでいると思うのよ」
「でもいまさら誤解って伝えても・・ミランダさんがもう元帥に伝えちゃったし・・」
大好きなチョコクッキーにも手をつけず、リナリーは自分の頭を拳で叩く。エミリアは俯いたまま頬杖をつき、ため息をついた。
『元帥のお口が真っ赤だったものだから、ほんとうにドキッとしちゃって』ミランダにそう言われたとき、二人の頭にはすぐ「トマトソース=血」で変換された。
「それはときめきではなく戦慄では?」そう言いたくてもどう説明してあげればいいか分からず、とくにウキウキしたミランダを前にしては難しかった。
でもまさか、こんな急に告白までいくとは予想外であった。相手が普通の人間であればリナリーとエミリアもここまで落ち込まない、すぐに誤解を解いてあげようと思う。
あのソカロが相手だから困っているのだ。今更「誤解でした」と言っては、間違えたほうのミランダの身が危ない。
「あ〜・・もうどうすればいいのかしら」
両手で顔を覆って落ち込む二人に、キャッシュは苦笑いをする。ふと、クラウド一人紅茶を片手にぼんやり窓を眺めているのにフェイが気づいた。
「そうだわ、元帥からソカロ元帥にひとこと言ってさしあげては?」
「・・ん?」
フェイの言葉に少女二人は顔を上げ縋るようにクラウドを見る。その手があった、と今気づいたらしい。
クラウドは困ったように笑って「まあ・・そうだな」と曖昧に返事をすると、紅茶を飲みながらさっき見た光景を思い出してひそかに頬を緩ませた。
それは、自分の後ろをついて来ているはずなのに、それでも迷子になりそうなミランダに困惑するソカロの姿。
『おまえ、めんどくせぇから前歩いてろ!』
苛つきながらもそう言い放つソカロの姿は、それはそれは新鮮であった。
END
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