D.gray-man U







◆◇◆◇◆



爽やかな朝。ミランダは生まれ変わったような気分で目が覚めた。
ここ最近彼女を悩ませていた事案が昨夜解決されたのが大きい。靄が晴れたような爽快さで、ミランダは食堂へ向かう。

そうかこれが恋というのか。
芽生えた新たな感情に戸惑うよりも、自分という人間にもこんな人並みな感情が芽生えることが出来るのだと、不思議な高揚感が胸を躍らせていた。

(あら?)

食堂の入口で足を止める。ちょうど彼女の想い人であるソカロが朝食の注文をしているのが目に入った。
きゃっ、と小さく叫び頬に両手をあてるとそっと相手を盗み見る。半径2mは誰も(恐怖から)寄せ付けない彼は「恋フィルター」のせいでミランダには孤高なオーラのように見えた。あの仮面もどことなくミステリアスさを醸しているようで、朝からキュンと胸が高鳴る。
朝食のトレーを受け取り、仮面のなかで欠伸でもしているのか首を曲げたソカロはミランダのいる方へと顔を向ける。柱に隠れていた彼女はビクン!と反応したが、ソカロは気づきもしなかったらしく背を向けて歩きだした。

(い、いま目が合ったわよね?)

どくんどくんと鳴る心臓に改めて「恋心」というのを実感したミランダは、柱の陰から出てふらりとソカロの後を追う。
たしか以前読んだ本の中に「胸のときめき」というフレーズがあった。彼に近づく時に感じるこの胸の慌しさは「ときめき」というもので間違いないのだろう、一歩近づくたびにミランダの息は苦しくなり冷や汗が背中をつたう。知らずに体が震えてくるのは・・・武者震い?

こそこそと後を追う彼女の姿に周囲の空気が張り詰める。ミランダの鈍臭さは誰もが知るところであり、普段はそれほど気にもしないのだが、相手がソカロでは別である。うっかり自分たちにとばっちりが来ては大変だ。
近くにいた科学班の一人がこっそり彼女に近づいたが。しかし声をかける前にミランダの存在をソカロが気づいてしまった。仮面の大男が振り返った途端、科学班の一人は踏み出した足を3歩後ずさりさせた。

「おい」

背中に感じる視線と微妙な距離でついてくる足音に、ソカロは声をかける。こちらが気づいていないとでも思っていたのか、驚きで「ひっ!」と飛び上がった女にソカロもやや面食らった。

「なんだぁ?なんか用でもあんのか?」
「っ・・えっ・・あ、あの、いえっ・・」

距離にして1m、完全に見下ろす状態。見覚えがある、何度かクラウドと一緒にいるのを見たことがあった。名前は・・たしか・・・ミランダ?とか呼んでいたな。
あからさまに怯えた様子の女を見ながらぼんやりと考える。彼にとってその反応はいつものことなので、別段気にもしていない。それより気になるのは怯えながらも近づいてくる、その意図である。

ミランダは真っ青で体をぶるぶる震わせながら、ソカロをじぃっと見つめている。目は既に半泣きだ。何かを告げようと口を開くが、歯がカチカチ鳴ってうまくものが言えないらしい。

「あぅ・・う、あ、えっ・・と」
「とっととしろよ、オレぁ腹減ってんだ」
「ひっ!すすすす・・すみませっ・・!」

まるで自分が食べられるのではないかというくらい、動揺したミランダは両こぶしを握り防御するかたちで顔を隠す。

「わ、私っ!・・好きなんです、元帥がっ!」

「あん?」
「!?あっ!ご、ごめんなさいっ!」

『好きなんです』と叫んだ瞬間、食堂がしんと静まり返る。おいおいなに言い出してんのアンタ、そんな周囲の心の声がミランダに届くわけはなく。冗談を言える雰囲気でもないため、皆互いに目配せしながら成り行きを見守る。
スープをすする音すらしない静寂のなか、ソカロがトレーを近くのテーブルに置いた。仮面のせいで表情はまったく読めない。

「・・おまえ、頭大丈夫か?」

その声に、若干憐みのようなものが含まれているのを周囲は感じた。

「は、はい。あっ!い、いえ・・大丈夫では、ないかも・・です」
「だよなぁ、どっか頭でも打ったんだな?医者にでも行ってこいよ。妙なこと口走ってんぞ」
「い、いえいえ頭は打ってません、あの、頭が悪いのは昔からで・・はい、ほんとうに悪いんです。でも、ご心配ありがとうございます・・すいません、ホントにすいません」
「おまえ人の話聞いてんのか?」
「えっ?え?え?」

またしてもビクッと飛び上がり、おろおろとソカロを見上げる。膝が震えているらしくスカートの揺れが半端ない。どう見ても山で猛獣に出会った旅人の図だ。それなのに逃げようとしないミランダにソカロは首を傾げた。

「おい」
「はっ、はいぃっ!」
「さっき言ったこともう一回言ってみろ」
「えっ!」

青ざめた顔が急速に赤くなり、ミランダは身を縮ませて叱られた子供のようにボソボソと呟いた。

「好きです。あの、元帥が」
「・・・・」
「すい、すいません急に・・ご迷惑は分かってます。わ、私もこんなふうに言うつもりはなかったんですけど、えと・・つい、いえ、ついと言うか咄嗟に口から出てしまいまして。ここのところ元帥のことで頭がいっぱいだったものですから・・」

怯えた様子とその言葉はどうも結びつかなくて。なにか魂胆があるのかと、ソカロは仮面の中で疑うようにミランダを見下ろす。しかし彼自身あまり考えるのが得意ではないため、それ以上思考を巡らすことなく目の前の女の胸倉を掴んだ。

「ひぃっ!」

殴られる、とミランダは咄嗟に目を閉じ身をかたくする。周囲もハッとして身を乗り出す団員もいたが、そのまま椅子に落とされたのを見て、胸を撫で下ろしたらしい。
ソカロはミランダの向かいに座った後、仮面を軽くめくり上げてコーヒーを飲んだ。それをポカンとした顔で見ていたミランダだったが、真向かいにソカロ実感すると激しい鼓動に胸を押さえた。

「うっ」
「?なんだぁ?」
「い、いえ。あの、元帥の傍にいるといつも胸がドキドキしてしまいまして」
「・・・・・」
「私、今までここまでドキドキすることって無かったものですから・・これはもう余程のことだろうと・・ええ」

ソカロはコーヒーカップをトレーに置き、黙ったままミランダを見る。親指がカップの持ち手をトントンと叩いているのを見れば、彼もなにか考えているのだと分かった。

「ドキドキ、だぁ?」
「は、はい。あの『吊り橋効果』って言うんだそうです、危険な状況で芽生えるらしくって。あ、私も昨日初めて知ったんですけど・・それが、その、あの・・こ、恋だって」
「・・・ちょっと待て」

もじもじしながら言うミランダを遮り、ソカロはテーブルに肘をつき拳を口宛てる。

「危険な状況ってなんだ」
「え?」
「おまえと俺に、なんかあったか?」

今まで殆ど接触も無かった2人である。任務も一緒したことなければ、会話すらしたことはない。ミランダの言う「危険な状況」に覚えがなかった。
彼女もまた、あらためてそう言われると困ってしまい、脳内にあるソカロとの情報を捻り出そうと眉を寄せる。確かに「危険な状況」に心当たりはない、でも身に覚えがあったのは事実で。

「ええっと・・」
「ねえよなぁ?」
「あの、少し前の話ですけど・・・元帥がスパゲティを召し上がられてまして・・」
「ああ?食ったか、んなもん」

「はい、それが・・・とっても赤かったんです」

ソカロは、いよいよもってミランダが何を言いたいのか分からず、これはよほど頭のネジが弱いんだなと女に憐みを覚えた。

「赤い?」
「はい・・あの、お口が」
「??」
「たぶん、トマトソースだったと思うんですけど。それが、とっても赤くて・・それだと思います・・はい」

ソカロの口がトマトソースで赤くなっていた、それが『危険な状況』らしい。
一体全体どうしてそれを危険と思うのか・・言われた本人はピンときていないようだが、それを聞いていた周囲は「ああ・・」と理解のため息をついた。
凶暴を絵に描いた男が口の回りを赤くしていたら、それがトマトソースだったとしても一瞬ドキッとするだろう。ミランダのようなノミの心臓の持ち主ならばかなりの衝撃だろう。とはいえそれをどう間違えば「恋している」と思い込むのか・・その辺は常人には計りかねる思考であった。



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