D.gray-man U







◆◇◆◇◆




言った。言ってしまった。とうとう口にしてしまった。



自室へ戻ると、ミランダは扉を背に力が抜けたように座り込んだ。明かりがない室内は暗いが、立ち上がって点ける力はどこにもない。真っ暗だ、なにもかも。

「馬鹿ね・・・・ほんとうに、馬鹿」

押し寄せる波のような後悔と奇妙な安堵。これで良かったのだ、そう何度も心で繰り返す。
ずっと感じていた違和感の決着をこんな形でつけたことに、ミランダ自身逃げていると分かっている。けれどこれ以上傍にいては、結局どうにもならない状態になりそうで怖かった。

最初は何も感じていなかった。幸せで、ただ幸せで。憧れと尊敬を抱いていた彼の隣にいられることが、夢のようで。ただ幸せだった。
・・・・ちいさな違和感に気づくまでは。




はじめはとても些細なことだった。

2人で朝食を食べている時に現れたエミリアの存在。勿論まったくの偶然だし、エミリアもたまたま近くにいた自分達に声をかけたのだろう。
ティモシーを見なかったかと声をかけられ、ミランダもリーバーも「知らない」と首を振った。エミリアは「食事中にごめんなさい」とそのまま立ち去ろうとしたが、その時彼がティモシーのことでエミリアをからかうような冗談を言った。
「失礼しちゃうわ」と言いつつ笑みを浮かべるエミリアにリーバーは笑う。そのときはミランダもくすくすと笑ったのだが、ふと目の前の2人を見てどうしてか孤独を覚えた。

エミリアに嫉妬しているのかと思ったけれど、そうではない。
見えない壁がそこにあるような感覚にミランダは戸惑う。目の前の2人は眩しくて、とても遠かった。
例えば、子供の頃クラスで必ずいた人気者や尊敬される委員長。いつも周りに人がたくさんいて輪の中心のような人。きらきらして眩しくて、ずっと遠くから憧れる存在。明らかに別世界の人たち。
リーバーとエミリアはそちら側なのだ。こうして2人並ぶとそれがよく分かる、纏う空気の明るさにミランダが壁を感じるほど。

世界が違うのだ。同じだと思っていたけれど、そう見えていただけ。もとは違う世界の人なのだ。
エクソシストにならなければミランダの世界はリーバーとは掠りもしなかっただろう。夢から覚めたような、現実を思い出したような、重たさを胸に残した。


勿論、たったそれだけの事でミランダは別れを考えることはない。
けれど小さな綻びは時と共に広がっていく、小さな不安は徐々に耐え切れない大きなものへと変わってしまう。

日なたの傍では影が濃くなるように、リーバーの傍にいる時が一番不安になった。傍にいるのに遠くに感じる、けれど近寄るのも戸惑う。どう接していいのか距離感が分からなくなって、曖昧に笑うことが多くなる。

「リーバーさん」と呼べば「さんづけじゃなくって名前でいいよ」と言われ、それすら出来ない自分が苦しい。呼ぼうとしても心の中でおこがましく思う自分を否定できない。卑屈になってしまうのが嫌で無理をすれば、そんな自分に疲れてさらに苦しくなった。
好きだから傍にいたい、でも傍にいると自分という存在が情けなくなる。申し訳ないくらい日陰の生活を長くしてきたミランダは、そのことをリーバーがどう思っているのだろうと不安だった。本当に私でいいの、と聞いてみたかった。それすら聞けないでいたけれど。


幸せだったのにそれが怖くなるなんて、夢にも思わなかった。


告白された時の喜びも、抱きしめられた温かさも、唇の感触も。どれも幸せな記憶だというのに、いつかくる別れの予感を消してはくれない。
今は優しく愛してくれるリーバーが、いつミランダという女の価値に気づいて別れを考えるか。そんなことばかり気にしてしまう自分が嫌だった。今でも好きでたまらないのに、これ以上好きになるのが怖い。そうなった時に別れを切り出されたらどうなってしまうのだろう、想像も出来なかった。

狡いと分かっている。嘘をついてもリーバーと別れる選択をする自分は、狡くて駄目な人間だ。考えるのが怖くて未来を放棄した。

向き合うのが怖くて諦める方を選択したのだから。


(最低だわ・・)

涙は出さない、泣く資格はないと自分でも分かっている。ミランダはかたく瞼を閉じて今にも溢れそうな涙に蓋をした。
最低だと思う一番の理由は、別れたくなかったと後悔する一方でこれで解放されると思う自分がいるからだ。最低だ、ほんとうに最低だ。傷つけられたくないから傷つけるのを選ぶ、なんて浅ましい。




真っ暗な部屋の中、思い出すのは初めて彼を意識した日。


メンテナンスに出したイノセンスが気になって、科学班を訪れた時にみせた明るい笑顔。
忙しいのにミランダの為にといつもよりずっと早く仕上げてくれたのだと、脇でジョニーが言ったのを「余計なこと言わなくていい」と照れたように言った彼に胸が高鳴った。寝不足で目の下の隈を濃くしながら、それでも笑顔は眩しかった。本当に素敵だった。


あの笑顔は宝物。あのとき感じた自分の気持ちも、すべて宝物。鍵をかけてずっと大事にしまっておきたい、奇跡みたいにとても大切な思い出。



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