D.gray-man U






陽の下を歩いている人だと思った。



誰からも慕われて、頼りにされて。爽やかで男らしくて。とても頭がいいのに、それを鼻にかけることもなくって。
こんな人もいるのだと、初めて会った時から憧れていた。同性からも異性からも好かれる彼を、夢の中の人物のように別次元の人だと思っていた。


だから「好きだ」と告げられた時は本当に嬉しかった。夢かと思った。

金色の髪と青い瞳、笑うとできるえくぼ。明るい笑い声、沢山教えてくれた楽しい知識。
この人が恋人なのだと、思うだけで夢のようで。信じられなくて何度も頬をつねって確かめた。忙しい彼とはなかなか時間もとれなかったけれど、自分のために時間をやりくりしてくれて嬉しかった。
2人の時間がとれなくても、例えば食堂で、例えば科学班で、すれ違いざまに目を合わせ微笑んでくれるのに胸をときめかせ、頬を熱くさせた。遠くから見つめるだけでも心が高鳴り、彼という存在が誇らしかった。


眩しかった。眩しいくらい幸せだった。


ずっと日陰にいた自分には、ほんとうに眩しかった。





◆◇◆◇◆





「別れて、もらえませんか?」


久し振りの2人きりの時。ほぼ一ヶ月ぶりの半休。ゆったりとくつろいだひと時、口から零れたのは別れの言葉。
ソファーに並んで座り、白衣を着ていないリーバーは読んでいた本から顔を上げて隣のミランダを見た。何を言われたのか全く分からないと、曖昧な笑みを浮かべながら。

「悪い、よく聞こえなかった。なんて言ったんだ?」
「それは・・・・あの、別れて、ほしいって」

別れ、という表現にリーバーの顔がわずかに強張る。けれどまだ真意をつかめていないのだろう、本を閉じてサイドテーブルに置くとミランダの方へ向き直った。

「?別れるって・・誰が?」
「それは・・私とリーバーさんです」
「・・・・・・」
「あの、ダメでしょうか」
「ダメというか・・・いや、冗談だろ?」

ミランダはリーバーの視線から逃げるようにうつむき「本気です」と弱々しい声で呟く。ドレスを握る指が震えていて、冗談を言うような雰囲気ではない。
突然別れを告げられた動揺から、サイドテーブルに置きっぱなしだったコーヒーを飲む。淹れてすぐ忘れていたそれは冷えて、ただ苦かった。そうして次に発する言葉を考えていた。

本気なのだろうか。完全に寝耳に水であった。もともと鈍感な方だと自分で思っていたが、こんなふうに決定的になるまで気づかないとは。
いや、実は過去にも同じように女の側から別れを切り出されたことがあった。ミランダと出会うずっと以前にも何人か恋人らしき相手はいた。彼女達は揃ってこう言った『仕事ばかりで構ってくれない』と。
今も昔も仕事の忙しさは変わらないが、それでも自分なりになるべく2人の時間を取ろうとしてきたつもりである。それでもやはり寂しい思いをさせていたのだろうか・・。リーバーは深くため息をついた。

「確かに、仕事が忙しくて二人の時間をなかなかとれなかったのは、悪いと思っているよ。俺だってちゃんと休みを取りたいよ、取れるもんなら。だけどそれで突然別れを切り出すのは・・ちょっと性急すぎやしないか?」
「・・え?」

ミランダはなんのことか分からない表情でリーバーを見る。

「?俺が仕事ばっかなのが不満なんじゃないのか?」
「い、いいえ。リーバーさんは班長さんですし・・あの、忙しいのは分かってます。それなのに今日みたいに時間をつくってくれたりして・・申し訳ないといつも思ってました」
「じゃあ・・・なんで?」

それなら尚のこと分からない。ミランダの気持ちが離れたとも思えなかった。こうして一緒にいれば、彼女の気持ちが自分に向けられているのが感じられる。リーバー自身がそう思いたいだけかもしれないが。
目を合わせた時の一瞬のはにかみや瞳に映る熱っぽさ。重ねて、別れを告げた後の泣きそうな瞳は、彼女自身がまだそれを拒んでいるようにも見えた。

なんで?と問われたミランダの瞳が揺らぐ。明確な答えがそこに無いのか、はたまたリーバーに告げたくないのか。視線はスカートを握り締めた拳へと落ちて、ゴクと唾を飲んだのが分かった。

「もう・・・・好きじゃないからです」

嘘だとすぐに分かる。彼女は本当に嘘をつくのが下手だ。

「ミランダ、足に力が入ってる」
「えっ・・?」
「人の嘘を見破るのって案外簡単なんだ。まず自律神経と動悸、それから足、次に胴体、次に手振り、表情・・だから俺にはミランダが嘘をついてるって分かる」
「・・・・・・」
「だからさ、正直に言ってくれないか。いったいどうしたんだ、急に別れ話だんなんて」

ミランダは俯いたままリーバーの問いに答えず、また首を振る。

「本当に、もう好きじゃないんです」

さっきよりも強い口調で言う。それは普段の彼女からすれば、らしくない言い方だった。
リーバーは、スカートを握り締めたままの拳を包むように触れる。微かに震える彼女の手は手袋越しでも冷たく感じた。別れる気はない、けれどこうも強く言われてはどう言葉を返していいか困った。

「本気で、別れたいのか?」
「・・・・・・」
「どうなんだ?なにか別の理由があるわけじゃないのか?」

ミランダの瞳が再び揺れる。その答えを言うのを躊躇うように。
目を逸らそうとする彼女の肩を掴み、覗くように目と目を合わせる。嘘だ、やっぱりミランダは嘘をついている。彼女の瞳はいつでも素直で、そこが愛しかった。

ミランダは両手でリーバーの胸を強く押して、顔を下へ向ける。呼吸が震えているのが分かった。


「ごめんな・・さいっ・・」


そのひとことを告げてミランダは立ち上がる。引きとめようと手を延ばしたけれど、タイミングを逃したリーバーの手はするりと空を掴むだけで。扉から彼女が出て行く気配を背後に感じた。
後を追わなければと頭では思うものの突き放されたショックが胸を淀ませて、リーバーの足は動かなかった。




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