D.gray-man U






「ねぇ兄さん、兄さんは本当にこのままでいいの?」



リナリーがそう言ったのは、そろそろ夕食の時間になろうかと言う頃。
いつものように、最愛の妹に夕食を食べようと誘いかけた時だった。

「え?どうしたの?リナリー」

コムイはキョトンとして、差し出されたコーヒーを受け取る。と、同時にリナリーのいつもと違う様子に首を傾げながら、

「このままって?なんだい?」
「・・このまま、ずうっと一人でいるつもりなの?」

リナリーは真剣な顔をしながら、やや探るようにコムイを見ていた。

「一人?何を言ってるの、リナリーがいるじゃないか」

ニッコリ笑いながらコーヒーを一口飲む。

「・・・・・」

リナリーはそんな様子に片眉を上げると、くるりと踵を返してため息をついた。

「リナリー?」
「なんでもないわ、夕食はミランダと食べるから兄さんは一人でどうぞっ」

顔だけ振り返り少し怒ったように言うと、リナリーは司令室の扉へと向かう。

「え?ええっ?リナリーっ?ちょっ・・わっ!」

コムイがリナリーを追いかけようと、椅子から立ち上がった時、勢いからコーヒーを机にこぼしてしまい、リナリーは動揺する兄をそのままに、部屋から出て行った。

「ちょっと!リナリーっ?リナリーっ・・」


(あれじゃあ、無理よね)


早足で科学班から遠ざかるものの、いつまでも兄の自分を呼ぶ声がやまびこのように聞こえてくる。

自他とも認める、重度のシスコンである兄は今年で29才だ。
二人きりの兄妹で年が離れている事もあり、リナリーとコムイはかなり仲はいい。

コムイのやや行き過ぎた愛情を、一身に受けたリナリーもかなりブラコンではある。
ずっと兄の愛を独占する事に、何の違和感を抱いてはいなかったし、ちょっと困ったところはあるけれど、そんな兄も好きだった。

けれど、リナリーは最近そんな状況に少し不満を抱いている。

リナリーは16才になり、それなりに恋に憧れる多感な年頃だ。
ひそかに少女小説などを読んだりして、ファーストキスに夢を膨らませていたりしたが、
ここに来て、自分に全くそういった縁が出てこない現実に気がついた。


違う。

縁がないわけではない。現にリナリーの周りには、見た目の良い男性が比較的豊作である。
実はちょっといいかも・・という程度の相手もいたりしたが、それを軒並み潰していくのがあの兄だ。

リナリーに近づく男の匂いを嗅ぎ付けると、機関銃と科学の力を駆使してそれを全力で廃除する。
気付けばリナリーは教団の中で、絶対不可侵なアンタッチャブルな存在にされてしまっていた。これでは彼氏どころか、恋することもままならない。

(兄さんは、彼女とか・・作んないのかな)

あの兄に恋人が出来たら、自分への異常なまでの執着は少しは弱まるのではないか・・。
そんな事を思って聞いてみたのだが、どうやら「恋人をつくる」という発想すら浮かばないらしい。

とはいえリナリー自身も、兄の恋人に関しては複雑な気持ちを持ち合わせていて、自分の知らない相手や気に入らない相手に、兄が恋をするのは面白くなかった。


「あ、リナリーちゃんっ」

少し考え事をしていたせいか、ミランダの存在に気付かなかったらしく、リナリーは背後からの声に慌てて足を止めて振り返る。

ミランダは小走りで、少し乱れた息で追いかけて来ていた。

「あっ!ごめんミランダ・・私ちょっと考え事しちゃって」

待ち合わせ場所から、ずいぶん過ぎていた。

「ううん、私も・・もっと早く声をかければ良かったのよ、ごめんなさいね」

呼吸を整えながらニッコリと微笑むミランダに、リナリーはつられるように笑い、

「もうミランダったら・・・さ、食堂に行きましょうか」

姉にするような気持ちで、腕を組んで歩き出した。ミランダはそんなリナリーを嬉しそうに目を細めながら見て、

「そうね、お腹空いちゃったわ」

組まれた腕に、そっと手を添えた。

ミランダは、リナリーにとって初めて出来た同性の友達のような、姉のような、年上なのに妹のような存在で。
優しく善良な、ちょっとドジで抜けているミランダが、リナリーは大好きだ。

失敗が多くて落ち込みやすい彼女だが、自分を責めても誰かを恨んだり憎んだりしない。
そんなミランダと一緒にいると、リナリーは穏やかな優しい気持ちになれる。

(ミランダが、本当のお姉さんだったらなぁ)

なにげなく思ったその言葉に、リナリーは目を見開いて足を止めた。

(ミランダが・・お姉さん)

想像するとなんて楽しくて幸せな事だろう。

(そうよ・・どうして思い付かなかったのかしら)

大好きな兄と大好きなミランダが恋人同士になってくれたなら、自分にとってこれほど幸せな事はない。
いつかミランダだって恋をして結婚するだろう、それが他人ではなく兄のコムイなら・・そして二人に子供ができたりしたら・・。

色んな想像が頭を駆け巡り、リナリーの頭の中では二人の子供を子守する自分の姿まで想像してしまった。

(いい・・すっごくいいっ!)

興奮気味に口に手をあて、目をぱちぱちと瞬きしながらミランダを見る。
ミランダはキョトンと不思議そうにリナリーを見ながら小首を傾げて、

「どうかしたの?リナリーちゃん」
「えっ?ううん、なんでも・・」

えへへ、と笑ってごまかしてミランダに組んだ腕の力を強める。

「あ・・ねぇ、ミランダ」
「なあに?」

リナリーはちょっと言いづらそうに、でもなるべくさりげなく。

「ミランダは・・その、兄さんの事どう思う?」
「え?室長さん?」

少し目を見開いて、ええとそうね、と考えながら。

「とっても立派な方よね、みんなの事を大切に思ってるのが伝わってくるわ」
「・・立派」

あくまで仕事上の評価しかないのに、リナリーはなんとなく不服そうに。

「そうじゃなくて・・異性として、聞いているんだけど」
「え?・・えええっ?」

ミランダはその大きな目を見開いて、想像も出来ない程びっくりしたのか次の言葉も出ない。

「そんな驚く事ないじゃない、ミランダと兄さんって年も近いんだし・・お似合いな気もするけどなぁ」
「そそそんなっ・・!ダメよリナリーちゃんっ。そんな事、室長さんに失礼だわっ」

首をブンブンと振って、申し訳なさそうに眉を八の字にしながらリナリーを見た。

(やっぱり、男としては兄さんて・・魅力ないのかな)

妹から見れば大好きな兄だけど、異性としてはイマイチなのか。
見た目はけして悪くはないと思うのだが、やはり周囲がドン引きなシスコンが原因だろう。もちろんそれ以外にも原因は色々あるだろうが、やはり1番はそれだ。

(でも・・ううん、きっとミランダなら・・)

そう。このミランダならば、あの兄を受け入れてくれる気がする。
今だって、あのリナリーへの愛を周囲の引きをよそにほほえましい風に受け止めている様子だ。

「・・・・・」

リナリーは歩きながら、考えるように口元に指をあてて、視線をミランダから床へ落とす。

(何かいい手はないかしら・・)










(リナリー、どうしたんだろう?)


愛する妹の様子に不審を抱いたコムイは、
追っ手(リーバー班長)を何とか撒きながらリナリーの部屋へと向かっていた。

食堂や談話室を覗いてもいなかったから、おそらく自室だろうと思い、コムイは念の為に機関銃と麻酔銃を肩から提げながら階段を上っていた。

(まさか・・男の存在じゃないだろうね)

眼鏡をキラリと光らせながら、コムイはむうっと口を尖らせる。
彼の妹は、天使のように可愛いので放っておけば芋づる式に男が寄って来るのだ。

(全く・・色々新しい人材が増えると、大変だよ)

うんうんと頷きながら階段を上って行くと、一つ上の階から話し声が聞こえて、足を止める。

「・・?」

声は聞き慣れた少年の声で、コムイは軽く眉を上げる。

(あれは・・アレンくんと、ラビ?)

「えっ!リナリーがそう言っていたんですか?」

(!?)

アレンの声にコムイは耳をピクッと動かしながらら、そろそろと近づいて行く。

「そうなんさ、どうやらマジもマジ大マジらしいさ」

ラビの真剣な声音が聞こえて、コムイはゴクリと生唾を飲んだ。

(リナリーが・・なんだって?)

まさか彼らのどちらかがリナリーと不謹慎な仲であるのだろうか。コムイは持ってきた麻酔銃を静かに構えながら、二人の会話に耳をすます。

「にしても・・信じられないですよ」

アレンはぐっと声を落としながら、

「ミランダさんが・・コムイさんを好きだなんて」

(・・・え?)

一瞬、何を言われているか分からず構えた銃を落としそうになった。

「なんかコムイを想って眠れなくて、食事も喉を通らないって・・リナリーが心配してんさ」
「ええ?ミランダさんが?」

ラビは大きく頷きながら、

「もう寝ても覚めてもコムイに夢中で、姿を見てはため息をついて涙を流したり・・」
「そ、そんなにまで・・」
「もう頭の中はコムイ一色?みたいさ」

少年達の会話を盗み聞きながら、コムイはさっきから速まる自分の心臓がうるさくて胸を押さえた。

(ミランダ・・って、あのミランダ?)

思い浮かぶのは細身の優しげな瞳の彼女。
リナリーと仲が良く、まるで姉妹のようにいつも傍にいる。

(まさか・・信じられない。いや、でもリナリーが言っているのか?じゃあ・・でも)

ぐるぐると頭の中でミランダとリナリーの顔がめぐり、混乱しながら額に手をあてた。

「でも・・リナリーは、やめとけって言ったらしいさ」

(ん・・?)

妹の名前に、ぴくりと眉を動かしてさらに聞き耳を立てると、

「コムイじゃミランダは幸せになれないから、リナリーは反対してんだって」
「え?僕てっきりリナリーはコムイさんに恋人ができるのが嫌なのかと思ってました」

意外そうなアレンの声に、コムイもひそかに頷く。

(そうそう・・僕もそう思っていたよ)

「違う違う!・・いや、コレ言っていいんかなぁ・・リナリーに口止めされてんだけど」

ラビは迷うように、うーん、と腕を組んだ。

「なんですか?そこまで言うんなら教えてくださいよ」

(そうだよ!気になるじゃないかっ)

そわそわしながら、拳をぐっと握りしめる。ラビは、いやー、うーん・・と口ごもりながら。

「いや、あのさ・・コムイって・・」
「はい」

(うん?)


「・・女より、男の方が好きらしいぜ」


「え・・」
「・・な」

コムイは咄嗟に口を押さえる。
そうしないと叫び声が出てしまいそうだったから。

(なにいぃぃぃっ・・!?)

後頭部を鈍器でぶん殴られたような衝撃が、コムイを襲う。
今言われた事はかなり聞き捨てならない。今すぐ撤回を求めに彼らの前に出ようと足を踏み出したが、この会話の結末が知りたいという奇妙な好奇心には勝てず、コムイは踏み出した足を元に戻した。

「・・リ、リナリーが言ったんですか?なんか信じられないなぁ」

不審そうなアレンの声が聞こえて、コムイは頷いた。

「い、いやまあ・・リナリーじゃなくても考えりゃ想像つくって」

ラビは軽く咳ばらいをしながら、

「だって、あの年で・・あんだけ女に興味なさ気な奴もいねぇって」
「・・・・・ああ」

アレンが何かを思い浮かんだように頷いて。

「確かに・・コムイさん、リナリー以外の女の子には全く興味ないですよね・・確かに変だな」
「だろ?どっちかってーと・・野郎とつるむ方が多いし」

二人がヒソヒソと言い合う中、コムイは何をどう言い訳すればいいのかも分からない。
というより周囲がそんな目で自分を見ていたのか・・いや周りはどうでもいい。

(リ・・リナリーが、僕の事をそんな風に・・!?)

確かに忙しさや色んな事にかまけて異性への興味があまり湧かなかった事は認める。しかし、断じて男色家ではない。断じて、違う!
声を大にして言う事ではないが、綺麗な女性は大好きだし、豊かなバストやスラリとした脚に目を奪われる事だってあるのだ。


「にしても・・ミランダ、最近綺麗になってきたと思わん?」

ラビの何か含むような言い方に、コムイは耳が反応する。

「ああ、確かにみんな噂してますよね」
「ここだけの話・・結構ミランダ狙いの奴多いんだぜ、俺が知ってるので・・」

アレンの耳に顔を近づけ、コソコソと何やら話をしていて。コムイにはさすがにそこまでは聞こえない。

(な、なんなんだ?)

「あー・・その人ならコムイさんより、ミランダさんはいいんじゃないかなぁ」
「まぁな、俺もそう思うさ。ミランダは・・リナリーも言ってたけどコムイにゃ勿体ないさ」

二人は話しながら、その場を離れているのかゆっくりと声が遠ざかる。
コムイは呼び止めようかと一瞬口を開いたが、何を言っていいか分からずその場に立ち尽くした。


(ミランダが・・ぼ、僕の事を?)




















「ちょっとラビ!何よ、私あんな事言ってないじゃないっ」

憤然とラビの胸倉を掴み、詰め寄るリナリーにラビは顔を引き攣らせながら。

「い、いや〜・・ゴメンつい乗っちゃってさ」
「つい、じゃないわよ。あれじゃ兄さんと顔合わせずらいわよっ」




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