D.gray-man U






◆◇◆◇◆




「・・・・・なにやってんですか、リンク」


アレンは生垣に隠れていたリンクを見つけると、その様子に顔を強張らせた。
髪も乱れ全体的に疲れた風で、いつも着ている中央庁の赤い上着で何かを包んでいるらしく首の後ろでそれを背負っている。アレンを見ると、バツ悪そうに眼をそらした。

「き、きみこそ任務はどうしたんですか」
「それならもう終わりましたよ。数も少なかったし、レベル1とか2くらいのAKUMAだったんで」
「それは・・結構」
「リンクは・・・・・・・あの、いったいココで何を?」
「ウオーカー、きみこそ何をしているんだ・・こ、こんなところで」

ここは宿屋の裏口へと通じる狭い通り。リンクは生垣の隙間をぬって裏口を目指している最中だった。

「何って、リンクがいなくなったってミランダさんが心配してたんですよ。だからこうして捜してたんじゃないですか」
「なっ・・そ、それは本当か?」
「まったく病人に心配かけてどうすんですか、だいたい今までどこ行ってたんですか?そんな格好で・・膝、穴開いてますよ?」

指摘されて見ると、ズボンの右膝に穴が開いている。ほふく前進した時か、はたまたどこかで引っ掛けたのか。

「別になんでもありません。これは・・さっき躓いて転んだときのもので」
「リンクが?転んだんですか?」

怪しいな、と言いたげな目つきでこちらを見るのでリンクは誤魔化すように咳払いをして裏口へと向かう。ドアノブに手を掛けた時、ハッと手を放しアレンを見る。

「・・女将は、まだ帰ってませんか?」
「え?いますけど・・あれ、女将さんどっか行ってたんですか?」
「いえ、帰っているならいいです」

ホッとして扉を開ける。ここの老婆に会うのは厄介だったが、女将が戻ってきているならもう大丈夫だろう。リンクが落ち着いた気持ちで室内に入ると、ちょうどラビがこちらに気づいて近寄ってきた。

「お、いたいた。アレン見つけたんさ?」
「というかちょうど帰ってきたんですよ。ねえリンク、さっきから気になってたんですけど・・・その背負っているの、なんですか?」
「別に・・・きみたちには関係のないものです。それよりミス・ミランダの容態はどうなんですか?」
「ああ、ミランダならだいぶ熱も下がったし大丈夫じゃね?さっき喉乾いたっつうから、水持っていったらゴクゴクのんでたさ」
「・・・・・・」

ズキンと胸が痛み、リンクは歩きながら顔を俯く。水を持っていくと言って消えた自分を、彼女は失望しているのではないだろうか。そう思うとたかが林檎くらい持って行ってなんになるのだろうと、気持ちが沈んでくる。
ふと、ラビが訝しげな顔でリンクの口元を凝視すると、自分の口元をチョンチョンと指さす。

「どしたん?なんか口のとこ内出血してんぞ?」
「え?」
「あ、ほんとだ。リンク、どっかで口ぶつけたりしました?そこ赤紫色になってますよ」
「紫・・?」

指摘された箇所に指で触れた途端、先ほどのいまわしい事件がオーバーラップした。咄嗟に腕で唇をゴシゴシと拭う。林檎10個と引き換えに奪われた哀しい記憶が、リンクの胸を締め付ける。
犬に咬まれたと思って忘れようとしていたのに、まさか痕がつくまで吸われていただなんて・・・心の傷はさらに深くなり、荷物がさらに重く感じた。

「リンク?どうかしました?顔色が悪いですよ」
「なになに、どうしたんさ?もしかしてその内出血に関係あり?」
「そっ・・・それ以上言うな!」
「んん?」
「え?」

ますます怪しいとリンクを見る2人を押し退けて階段を上る。これ以上嫌な事を思い出したくなかったのもあるが、なによりミランダに会いたかった。会って謝りたかった。
階段を上るとミランダの部屋の前で止まる。息を整えてノックをすると奥から「はい」と返事が聞こえ、リンクは緊張した面持ちで扉を開けた。

「まあ、ハワードさん」
「大変遅くなりまして・・申し訳ありません」
「いいえ、あの、大丈夫ですか・・?どちらかに行ってらしたんですか?」

ミランダはベッドから半身を起こしてホッとした顔でリンクを見る。

「・・・・・・」
「?ハワードさん、どうかしました?」
「あ、いえ・・本当に申し訳ありませんでした。水を持ってくるとお約束したのに・・」

心配してくれる姿が嬉しい反面、申し訳なさがつのる。ミランダはまだ微熱はありそうだが、顔色は先ほどよりずっと良くなっていた。
リンクは背負っている林檎を渡すか迷う。しかしこのまま何もなく部屋を出ては、それこそ何のためにここに戻ってきたのか分からない気がして、躊躇いながら荷物を下ろした。
包んでいた上着を開くと、コロンコロンと林檎が転がる。それを一つ取って、リンクは気まずそうに差し出した。

「代わりに・・といっても代わりにはなりませんでしたが、林檎を、その、よろしければ」

はじめキョトンとしていたミランダは、つやつやと美味しそうな林檎を受け取るや、とても大切な物を扱うように胸にあてた。

「まさか・・これを、わざわざ取ってきてくれたんですか?」
「い、いえ。本当は水を・・しかし少々厄介なことがありまして、結果的にこういった事に・・すみません」
「・・・ハワードさん」

ふわり、花がほころぶようにミランダは微笑む。大事そうに林檎を撫でると頬にあてた。

「ありがとう、本当に・・嬉しいです」

「や、しかし」
「でも・・どうして分かったんです?私が林檎を食べたかったこと・・ビックリしました」
「え?」

意外な発言にリンクは目を丸くしたが、ミランダの表情が本当に嬉しそうなのが分かると、安堵とともに喜びで頬が熱くなる。

「食べたかったんですか?」
「ええ。まだ食欲はないんですけど・・昔から具合が悪いと林檎が食べたくなるというか・・子供みたいですよね、恥ずかしいわ」
「そんな・・あの、でしたら良かったです」

食べたかった、その一言で報われた気がした。
ミランダはリンゴを軽く拭いて、一口食べようと口をつけたが、リンクが慌ててそれを止める。

「お、お待ちください。今、剥いてさしあげますから」
「そんな、悪いわ」
「いえ、せっかくですから」
「でも、もうかじってしまって・・あの、とっても甘くて美味しい林檎だわ。ハワードさんは食べてみました?」
「いいえ、まだ・・」
「まあ、勿体無いわ。本当に美味しいのよ?」

そう言って手の中の林檎を「どうぞ」と差し出した。
あまりにも意外な展開すぎてリンクは深く考えずに林檎を受け取ったが、一瞬の後それがどういう意味か気づき、電撃が打たれたような衝撃が起こる。

(――――!これは・・・か、間接キス!)

林檎に刻まれた小さな歯形が目に飛び込んでくる。たった今ミランダが目の前で咬んだ、その痕。
それに己の唇をつける・・想像しただけで心臓が激しく鳴り出し手が震える。したい、と強く思う。とくに忌まわしい事があっただけに、ある意味浄化されたい。
しかし、その行為は紳士としてはどうなのだろう。破廉恥すぎるのではないか。

理性と衝動の戦いがなかなか決着がつかないでいると、ミランダがハッとしたように口を手で押さえて。

「あ!ごめんなさい、私ったら・・風邪がうつってしまうかもしれないのに」
「へ?あ、いいえ、ち、違うんです。そういうことでは・・なく」

リンクは咄嗟に林檎を背中に隠し、真っ赤に染まった顔を隠すように口元に拳を宛てた。

「この林檎は後で食べます・・・も、勿体無いので・・・」
「え?でも、そんな食べさしの」
「いえっ。こちらが、この林檎が・・・・いいんです」

不思議そうに首を傾げるミランダに一抹のやましさを感じつつ、歯形つきの林檎をしっかりと両手に持つ。事に及ぶかどうかは後ほど考えよう、それより彼女に林檎を剥いてあげなければ。
リンクは果物ナイフを取りに行こうと扉へ向かう。その時、ミランダに呼ばれた気がして振り返った。

「はい?」
「えっ!・・あ、聞こえてたんですか?あの・・ええと」

リンクに聞こえていると思っていなかったようで、ミランダは恥ずかしそうに頬を染めて口元を手で覆う。

「なにか欲しいものでもありましたか?」
「い、いいえ・・そういうことではなくって・・」
「??」

もじもじと指をすり合わせながら、ミランダは殺人的とも言える可愛らしい表情でリンクを見上げる。

「ハワードさんが優しいので、少し・・ドキドキしてしまいました」

「・・・・・」
「あっ、ごめんなさい・・私ったら何を言ってるのかしら・・あの、ええと、つまり嬉しかったんです・・本当に」
「そっ・・」

胸に刺さっていた恋の矢が、さらに増えた気がした。刺さった音まで聞こえてきそうなほど強い衝撃に、思わず胸を押さえる。鼻の奥がツンとする、これは鼻血が出るサインだ。
激しく鳴り響く心臓で耳もよく聞こえないが、リンクは動揺から何を言っていいか分からず、絞るように出した声は1オクターブ上ずった。

「そっ・・う、ですか」

フワフワと、どこを歩いているか分からない足取りで部屋から出る。扉を背に閉めてそのままずるずると床に落ちると、リンクは先ほどの林檎を取り出した。
辺りを窺うが誰もいない、アレンとラビは階下にいるらしく話し声が聞こえている。さっき躊躇った気持ちはまだ僅かに残っていたが、今のこの昂りを止めることは出来なかった。
そっと唇を近づけてミランダの歯形へと寄せる。甘酸っぱい香りが鼻先から胸へと落ちて、リンクは目を伏せた。

「・・・・・」

けれど唇は歯形には触れず、指1本分離れた場所へ静かに落ちた。
はーっと大きく息をつき、リンクは自らの頬をぎゅうっと抓ると立ち上がり、果物ナイフを取りに自室へ向かうのだった。





END

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