D.gray-man U




(こんな時に・・・何を考えているのだ、わたしは)

毛布を足先まで包み、そのまま抱き上げてストーブの前へと移動させる。火は点けはじめだから暖かさはまだない。
ミランダは軽々と抱き上げられ、申し訳なさと恥ずかしさを感じて俯き毛布に顎を埋めた。

マリをこんなふうに男性として意識したのは、初めてだった。


「ミランダ、手をみせてもらえるか」
「は、はい・・」

マリは毛布の隙間からそっと差し入れ、ミランダの手を取る。じんじんと痺れる感覚、さっきよりも感触があった。

「痛いか?」
「い、いえ、それほどでも・・」
「うん・・凍傷ではないかもしれんな」

マリは冷たい手を両手で包むと、ミランダの体がさっきよりも震えてきたのに気づいた。
毛布に包まれた状態で歯をカチカチ鳴らし、体中が寒気によってブルブルと震え始める。

「どっ・・どうしたの、かしら・・急にっ、さ、寒くって・・」
「麻痺していた感覚が戻ってきたんだ、ミランダもう少し火の側へ」
「は、はいっ・・っ、さ、寒いっ・・」

がたがたと体が震えて、うまく動かせないらしいミランダを、マリは思わず膝に抱き上げた。

「・・!」
「ストーブが暖まるまで少しかかるだろうから、それまでの間・・我慢してくれ」

床に胡座をかいた彼の膝に、まるで赤ん坊みたいに抱えられる。
マリは自分の団服の脱ぎ、まだ人肌の残るそれで毛布の上からミランダを包むと、さっきより寒さが和らぐ気がした。

「でっ、でも・・これ、じゃあ・・マリさんが寒いんじゃ・・」
「わたしなら大丈夫だ、元よりそれほど体が冷えていた訳ではないから」

そんな訳はない、ミランダを探しにこんな所まで来てくれたのだ、本当は寒いはずだ。
自分を気遣ってそう言っているのが分かり、ミランダの胸に暖かくも泣きそうな気持ちが芽生えていく。

ぎゅう、と強く抱かれ彼の太く逞しい腕がミランダの背中に回る。震える体を手の平で摩られ、その優しさが身に沁みると、とうとう涙が溢れてしまった。

「どうした?どこか痛いのか?」
「・・・いいえ、いいえっ」

ポロポロと涙がマリのシャツに染みを作る。

「マリ、さん・・ごめんな・・さいっ、わ、私のせいでこんな・・こんなっ」
「ミランダ?」
「だって、だって・・私っ・・」

震えのおさまらない体は、それ以上声にならなかった。
皆と逸れて遭難までしたミランダを、助けに来てくれただけでも有り難いのに、こんなにも優しくしてくれるなんて。

申し訳なくて、けれどそれ以上に嬉しかった。

マリは泣き出したミランダの頭を優しく撫でる、彼女が何を言おうとしているか分かったから。
腕の中で震えながら泣く彼女は、小さな子供のようで。こんなこと思っていいか分からないが、それは可愛らしかった。



暗い中、ストーブの仄かな明かりだけが小屋を照らし、窓をたたき付ける雪と轟々と鳴る風の音が聞こえる。

不安な気持ちから、感覚の戻りつつある指でマリのシャツを掴む。
それは引っ掛けるというのが正しい仕種であったが、今のミランダの指先では精一杯の動きだった。

マリはその手を優しく握り「冷たいな」と呟くと、シャツを開き自らの懐へと滑り込ませる。
硬く滑らかな肌の熱さを手に感じると、ミランダの鼓動は速まった。

「・・部屋、なかなか暖まらないな」

ストーブの火が陰影をつけているせいか、マリの顔が一瞬切なげな牡の表情を見せる。しかしすぐにいつもの穏やかな彼に戻っていた。
密着した体、頬にあたるシャツから男性の匂いがして、喉の奥が切なく締め付けられる。伝わる体温を求めてか縋り付くように懐へ入れた手の力を強めた。

普段はこんな事できない。二人っきりの、この特別な状況がそうさせたのかもしれない。
尊敬するエクソシストの先輩でしかなかった彼を、今は強烈に男として意識してしまう。

(私・・・何を考えているの、こんな時に)

寒さで頭のどこかが麻痺しているようだ。死ぬかもしれなかったさっきの恐怖が、ミランダに人肌を求めさせているのだろうか。


「・・・・・・」
「・・・・」

沈黙に不思議な重たさを感じていると、マリがそれを破るようにブランデーをまた取り出し、

「もう少し飲むといい、体の芯が暖まる」
「は、はい」

唇にあてられた小瓶から琥珀の液体が流れ込む。さっきは飲みづらさを感じたが、今はほのかな甘さが快かった。

「度数が高いから、あまり飲むのも危険だな。酔っ払ってしまう」

そう言ってマリも一口飲むと、瓶の蓋を閉める。

「マリさん・・・あの」
「なんだ?もう一口飲むか?」
「い、いいえ・・その、ファインダーの皆さんは大丈夫なんでしょうか」
「ああ、麓の村で待っている。みんなミランダを心配していたぞ」
「そうですか、良かった・・無事なんですね」

まだ体を震わしながら安堵の息を漏らしたミランダに、マリは腕の力を強める。ぴったりと体を密着させた。
頬に柔らかいくせ毛が触れると、ミランダから女の香りがして不覚にもため息が漏れた。理性が揺らぎそうになる。

「マリさん・・ごめんなさい、私のために・・」

耳元でそう囁かれ、マリは「いいんだ」とだけ答える。続く言葉が出てこなかったのだ、胸が苦しくて。

「・・・・・・・」
「・・・・・」

そうして再び訪れた沈黙を、二人は静かに受け入れた。何か話せばこの空気を壊してしまいそうで怖かったのかもしれない。
それともストーブから聞こえる薪が燃えるパチパチとした音と、寄せ合う肌の体温が心地良すぎたのかもしれないが。


吹雪はまだ続いて、窓や扉を容赦なく叩き付ける音は止まない。しかしゆっくりではあるが風の勢いが収まってくるのを耳で感じた。
小屋の中もストーブの暖かさが行き渡り、ミランダの体も震えがおさまってきているようだ。


(いかんな・・)

懐に感じるミランダの手が、暖かさを取り戻しつつあったがマリは離す気になれない。
ストーブの火は熾火になりつつある。本当はこれ以上密着する必要もないのだ。

けれど心では、さらに彼女を求めてしまう自分がいる。
ミランダをこんなにまで意識したことは無かった、大切な仲間の一人だと思っていたのに。



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