D.gray-man U
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言われたミランダはハッとして顔を赤くする。そうですね、ああごめんなさい、私ったら・・と反省しながらトクサの隣に座った。
その瞬間のリンクの顔を見て、トクサは可笑しくてたまらなくなる。これほど動揺する彼を見るのは久し振りだった。うっかり笑い声が出そうになるほど。
トクサに疑いの目を向け、やがて仕切りなおすようにリンクは咳払いをして。
「あのミス・ミランダ、ここは狭いですしあちらに移動しませんか?窓際の席を取ってあるんです、ちょうど綺麗な満月が見えますよ」
「え・・あ、でも」
「ウォーカーもいることですし、是非あちらで楽しく食事をしましょう。こちらよりずっと快適です」
アレンの名前を出す時点で少々情けなさを感じるが、彼女はアレンを慕っているので最大プラス要因のそれを言わないわけにはいかない。
案の定ミランダは気持ちが揺れているが、椅子を引いてくれたトクサに対して申し訳なさを感じているようだ。リンクはもう一押しとばかりに、さ、どうぞどうぞ、と彼女の椅子に手を添える。
「見苦しいですわよ、ハワード」
我慢できずにテワクが口を開いた。
彼女はさっきからのリンクの様子に少なからずショックを受けていたのだが、それが次第に怒りへと変化していたのだ。
「な、なんだテワク」
「なんだじゃありませんわ、さっきから見ていればあなたこそなんですの。みっともないったらないですわ!」
「みっとも・・ど、どういう意味だ。いや、それよりおまえこそ急にどうかしたのか。大きな声を出して」
面白くなさそうに眉尻を上げるテワクを怪訝な顔で見る。
「あなたが・・あんまりにも不甲斐ないので、見るに耐えないだけですわ」
「?なんだと、聞き捨てならんぞ」
「ええ、聞き捨てになどしないで。その耳にしっかりと焼き付けておけばいいんですわ」
ぷい、とソッポを向いた妹分にリンクは苦々しい顔をしながらそれ以上突っ込むことはしなかった。優先順位は、ミランダをこの場から移動させることが一番であるから。
トクサは呆れつつもライバルだった男の弱点を見つけたことに、一方で愉しんでもいた。よほど彼女を気に入っているらしい。
「使徒さまは、このハワード・リンクと親しいんですか」
「え?ええ、ハワードさんは優しい人ですから」
「おいトクサ、貴様何を・・」
優しい、と言われただけで既に頬が薄く染まっている。分かりやすい。
恋によって狂ったかつての同僚に失望を感じているが、失恋が決まっている恋ならば憐みの方が勝る。いや、少々遊びたくなる。
「教えてさしあげましょうか、このハワードの恥ずかしい過去の幾つかを。その昔、彼は・・」
「トトッ・・トクサ!お前という奴はっ、黙れっ!」
「え?え?」
キョトンとしたミランダの頭上でリンクが真っ赤な顔でトクサを睨みつける。
その時ガラガラと音がして、台車に本日の夕飯をいっぱい載せたアレンが「なにやってんですか」と呆れ顔で現れた。
「ウ、ウォーカー。きみは・・どうしてコッチに来たんだ」
「どうしてって、リンクが場所取りしたまま居なくなるから・・・・席なら取られちゃいましたよ。ほら」
「なに?だからってみすみすコッチに来ることは・・」
窓際から月が見えるその席には、今はソカロが座り焼きソバを食している。仮面を半分持ち上げてズルズルすする姿にリンクは声を無くしたまま唇を噛み締めた。
「あ、ミランダさん。これから食事なんですか、ぼくもご一緒しちゃってもいいですか」
「もちろんよアレンくん」
「ちょ、ちょっと待てウォーカー!」
「なんですかリンク、だってちょうど席二つ空いてるじゃないですか」
不満そうな顔で口を尖らすアレンを軽く睨み、リンクはざっと辺りを見回す。確かに混雑してきた食堂は3人ぶんの席を見つけるのも難しそうである。
しかし、意味ありげな顔でこちらを見るトクサの表情が気になった。昔からこの男は人が嫌がる顔を見ては楽しむという良くない趣味があるのだ。今、それが間違いなく自分に向けられていると分かる。
先ほどもミランダによからぬ事を耳打ちしようとしていた。このままここにいれば何を言われるか分かったものじゃない。
考えるリンクの耳に、くす、と癪に障る笑い声が聞こえた。
「どうしましたハワード、ここにいると何か不味いことでもあるんですか?」
「別に・・貴様の気取った態度が鼻につくだけだ。相変わらず嫌味な奴だな、トクサ」
「あなたこそ、そのいつでも自分は正義だと言わんばかりの優等生ぶり。虫唾が走りますよ」
「2人とも、かわらずだな」
なんの感情も持たない声でキレドリが呟いた。
アレンが肩を竦めて台車から大皿に載ったカルボナーラスパゲッティと、から揚げとポテトの盛合わせ、おでんに生姜焼きとテーブルにどんどん乗せていく。
その光景を見てリンクがハッとしてアレンの手を掴み、ぐっと声をひそめて言う。
「卑怯だぞ、ウォーカー」
「?卑怯って・・・なにがですか」
「これでは君が彼女の隣になるではないか・・」
「・・・・はあ?」
大皿をずずっと移動させ、リンクは自分の夕飯(ケーキ)を置く。隣に座るという行為にドキドキしているのか、自身を落ち着かせるように軽く咳払いをして、
「あ、あの・・お隣、よろしいでしょうか」
「ええ、どうぞ」
にっこり微笑まれて少女のようにポッと頬が染まる。
アレンはそんなリンクの隣でフォークにから揚げで団子を作り口に放っている。見慣れた光景なのか、気にする風でもない。
失礼します、と言いながらミランダの隣に座る彼は緊張しているように見える。トクサ達は知らないがリンクがミランダの隣に座るのはほぼ初めてなのだ。
たいていこの場所に座るのは、今ここにいない男。大柄で抜け目ない(ようにリンクには見える)ノイズ・マリである。彼は今朝一足先に任務へと赴いており、いつも邪魔するラビやリナリーも同じくいない。
言ってみればチャンスであった、リンクは今夜こそはミランダとの関係をより深めようと色々と計画していたのだ。と言っても「隣に座る」とか「食後にお茶に誘う」といった初めの一歩的なものだが。
トクサは、横に居るミランダのトレイにパンとサラダしかないことに気がつき怪訝に思った。
さっきはオムレツもあったのだがそれは取り替えてもらわなかったのだろうか。つい気になり、よせばいいのに口が開いた。
「使徒さま・・・その量は少なすぎませんか」
「そ、そうでしょうか。あ、あの、でもこれで十分なので」
どこかまごついたその様子に、トクサは怪しむように半目でそれを観察する。
「まさかと思いますが、オムレツを作ってもらうのが申しわけなかった・・などと言いませんよね」
「えっ、まままさか・・そ、そういうわけでは」
どうやらそうらしい。図星をさされたからか、顔は赤くなり冷や汗をかいている。
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