D.gray-man U




別に彼女が再び転んだとしてもトクサにはどうでもいいことである。放って置けばいい。
そう思いながらも目は不安定な足元から離れられない。いつ転ぶのか、今か今か、そんな気分で妙な緊張を一人感じていた。

ミランダの足先がテーブルの脚にぶつかる寸前、トクサは反射的に咳払いをしてしまう。聞こえよがしなその音に彼女がふり返る、キョトンとした顔が無性に苛立つ。自分自身への苛立ちだ。
いったい自分は何をやっているのかと、眉間にしわを寄せて彼女から背を向ける。らしくない真似をした気持ちの悪さから不愉快な表情のまま自分の席へと戻った。

「ずいぶん、お優しいですわね」

微かな棘を含んでテワクが口を開く。

「・・なんですか、テワク」
「別に。あなたもあのエクソシストを気にしてらっしゃるの?」
「は?わたしが?まさか」

「そう?」

何かを含んだ視線でちらと見る彼女は、どことなく八つ当たり気味でもある。パンをちぎる手にいつもより力が入っているのが分かった。
トクサは冷めたスープを一さじ掬う、マダラオとキレドリはすでに食事を終えており二人ははコーヒーを飲んでいた。ふと、思い出したようにキレドリの手が止まる。

「そういえばあのエクソシスト・・・ミランダ・ロットーといったか、男がいるぞ」
「男?・・・それは恋人という意味か?」
「多分な。今朝、黄山とレフカスの部隊の見送りに来ていた、いやノイズ・マリの見送りだな・・あれは」

淡々とした口調であるが、キレドリも同じ鴉であったリンクのことを思っているのだろう、どことなく同情がうかがえる。
パンをちぎる手を休め、訝るようにテワクはキレドリを見つめた。

「・・本当ですの?」
「方舟に乗る寸前まで、二人だけでいた。何を話していたかまでは聞いていないので何とも」

「・・・・・」

それが本当であるなら、ハワード・リンクの気持ちは一方通行もいいところ。完全な横恋慕ではないか。
トクサは幾分軽くなった心持ちでスープを飲む、横恋慕などと奴らしくないふしだらな思いを抱いたものだと、嫌味の一つも胸に芽生える。まあ、まだハッキリとそうだと分かったわけではないが。

ノイズ・マリ、盲目のエクソシストでトクサも何度か見たことはある。ティエドール部隊のベテランのエクソシストだ。そういえば年の頃もちょうど釣り合いがとれているし、お似合いではないか。
リンクは彼女より年下であるし、監査役という立場もある。そして基本は中央庁所属の鴉、簡単に恋などできる身の上ではないのだ。
本人もその辺は重々承知しているはずであるが・・・先ほどの彼を見る限り忘れているとしか思えない。

(真面目な男ほど、一度身を持ち崩すと大変だというが・・)

トクサは口元にナフキンを宛て、何かの気配に気づいたように片眉を僅かに上げた。ちょうどミランダがこちらに向かって歩いてくるのが見える、手には新しい食事を持って。

「あっ、あのっ・・」

「?なんですか」
「さ、さっきはありがとうございました。おかげで新しいものに交換してもらいました」
「ですから、わたしは何もしてませんが・・ご用件はそれだけですか?」

顔を紅潮しながら、やや緊張した面持ちの彼女は「いいえ、あの、ええと」と口ごもりながらトクサを窺いながら。

「あの・・もしかしてキレドリさん・・ですか?」
「?違います」

「キレドリは、わたしだが何か」

コーヒーカップをソーサーに置きながら単調な声でキレドリが言うと、ミランダはハッとした顔で向き直り「は、はじめましてっ。ミランダ・ロットーです」と頭を下げた。
はじめましても何も、さっき司令室で会ったではないかと。トクサは胸のうちで呟いたが当のキレドリは視線を軽く向けただけで、唇を動かすことはなかった。

「明日の任務、ご迷惑かけないように頑張ります・・よ、よろしくお願いしますっ・・!」

「よろしく」

そっけない言い方でぽつと呟く。視線も彼女に向けていない、何の興味もないのだろう。しかしミランダはホッとした様子で顔の筋肉を緩めて微かに微笑んだ。
返事をしてもらったことが嬉しいのか、挨拶できたことに満足感を覚えているのか。どちらにしてもあまり頭は良さそうではない。

そういえば彼女の任務地はジカルジャン、ソカロ班だった。同じ班のキレドリに挨拶にきたというのか。律儀なことで。
馬鹿にするように鼻で笑うと、隣にいたマダラオが咎めるように一瞬視線をこちらに向けた。彼は無口で基本他人のことに興味を持つことはないが、規律や常識を重んじる一面もある。
トクサがこうしてエクソシスト達を刺激することを良く思っていないようだ。とはいえ彼も先ほどのリンクを見て何か思うことがあったのだろう、ミランダに一瞥もくれない。
逆に妹のテワクは彼女の一挙一動をじぃと観察するように見ている、いや睨んでいると言った方がいいだろう。テワクはマダラオ以外に感情をさらすことは無かったが、ハワード・リンクは別であった。
もしかしたらもう一人の兄のような気でいたのかもしれない。

ミランダはトレイを持ったまま頭を下げたので、トレイ上では食べ物が散乱してしまっている。これでは新しく貰ってきた意味はなかろうに、まあさっきは床であったから彼女にすればたいした問題ではないのだろう。


「・・なにをしているのだ」

ふいに頭上から聞き覚えのある声がしてトクサは眉間にしわを寄せた。
幼少の頃から聞いてきたその優等生口調に嫌悪感と親しみを覚えつつ、ふり返る。二つに分かれた眉尻、ハワード・リンクその人である。
手には夕食なのだろう、いくつものケーキが載ったトレイを持ち、訝しむ顔でトクサらとミランダを見ている。どうして一緒にいるのか聞きたくてたまらないといった風に、ソワソワした様子で。

「これは『ハワード・リンク監査官』ではありませんか、なんです?お一人で。監視のアレン・ウォーカーはどうしました?」
「トクサか・・・ウォーカーは料理の注文がまだ終えていないのだ。それよりも・・どういう事だ」

ちら、とミランダを見る。目が合ったのかポッと頬が染まるのが見えて、トクサの片眉がぴくりと上がった。

「まあハワードさん達も今から夕飯ですか?」
「え、ええ・・はい」

にっこり微笑む彼女に合わせるようリンクも笑顔を作るが、ぎこちない。どうも一緒に食事をしたいと言いたいらしい、頬のあたりが緊張からかピクピクしている。

「あの、ミス・ミランダ。もしやあなたもこれからお食事なんですか?」

「そうなんです・・まだ食べていなくって」
「で、では・・」

一緒に食事を、とリンクが続けるより早くトクサの口が開いた。

「ではさっさと座られてはどうですか?ずっと立っていないで。先ほどから色んな方の通行の邪魔のようですよ」

ギィ、と隣の椅子を引く。そこに座れと言わんばかりに。



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