D.gray-man U





情けない。



司令室を出て一言、トクサは呟いた。心の中で。




おびただしいAKUMAの目撃情報が寄せられ、教団は同時期にエクソシストを4隊に分けた。黄山、ジカルジャン、レフカス、ヨルダン。
先に黄山とレフカスへ本日2隊が方舟を使い赴き、明日はジカルジャンとヨルダンの2隊が向かう予定である。
その説明と作戦の為に司令室へと向かったトクサ達サード一行は、かつての同士の堕ちた姿をこの目にしたのであった。

ハワード・リンク。

幼少の頃より共に厳しい訓練を受け、戦闘能力は言わずもがな才智にたけ長官への忠誠心は誰よりも厚い男だった。
マダラオのような独特のオーラは無いが、トクサがライバルと認める男の一人であり将来的に教団の重鎮になるはずの男だった。

それが、である。


「・・・まったく、情けない」

思わず独り言が出てしまい、トクサは口元を押さえる。周囲を確認するが気づいた人間はいなさそうだ。ここは食堂であるから、喧騒に紛れて誰もトクサの声など気づかない。
司令室から直接夕食を食べに来たのだが、実のところさっき見た光景のせいで食欲がわかなかった。
他のサードたちはそれほど気に留めていなかったのか、キレドリもマダラオも普段どうりに食事をしている。
もっとも二人は常から無表情であるから感情を読み取るのは難しいが。テワクだけは、何か考えているのか手元の食事に手をつけずに、遅い動きでちびちびと水を飲んでいる。

トクサは気を取り直しスプーンを持ち、スープを一さじ掬った。口元に静かにそれを運びながら、脳裏にまた先程の光景が思い起こされ眉をひそめる。

(恋は人を狂わせる、というが・・)

ミランダ・ロットー、時を操るエクソシスト。
情報によると旧本部襲撃事件の際、その能力によって『卵』を伯爵へ戻されるのを防いだという。目に見えない時間を操るという能力にトクサは以前より興味を思っていた。
サードとして本部へ赴いてよりやや時は経っているが、彼女に会うのは今日が初めてである。ところが当人の印象よりも変わり果てたかつてのライバルの方が記憶に残ってしまった。
14番目、アレン・ウォーカーの監視役として共に司令室へ来たリンクは、そのミランダの姿を見るや熱っぽい視線をちらちらと送っていて。薄く頬を染め見つめる姿は、まるで別人であった。

他人にも自分にも厳しいあの男が、真面目で堅物のあの男が。恋をしているらしい、あの女エクソシストに。

何かの間違いかと目を疑ったが間違いない。司令室を彼女が出るさい、アレンに夕食を誘うよう肘で脇腹を小突いていた。結局誘う前にそのアレンがコムイに呼ばれて誘うことも叶わなかったのだが。
その残念そうなリンクの顔を思い出すと、トクサの胸はやるせなくなる。見たくなかったものを見てしまった、そんな気分だ。
友人だったわけではない、どちらかといえば反りが合わないほうであった。ただ彼の実力と厳格な気質は認めていた。監査官として本部へ重要な任務につくと聞いたときは、微かではあるが嫉妬心もわいた。
けれど、あのハワード・リンクならば立派に任務をこなすであろうと、その点は些かも気にすることはなかった。

「・・・・・・・」

スープをもう一口飲もうと思いながらも、気分が食事へ向かわないからか指が動かない。
小さく息をついて、辺りを見回す。食事時とあって騒がしい。本部はくだけ過ぎている気がして、どうも馴れない。
食事くらいもっと静かにすればいいと思うのだが、あちこちから聞こえる笑い声や大きな話し声に落ち着かなかった。きっとこういう点から毒されていったのだろう、ハワード・リンクは。

(?)

背後からガシャーンと大きな音がしてふり返る。見るとそこにいたのは、先程司令室で見たミランダ・ロットーであった。

彼女は食事をトレイに載せたまま躓いたのだろう、周囲の人間にペコペコ頭を下げながらこぼした食事を片付けている。よくある光景なのか周囲はそれを気にも留めず、手伝う人間もいてトクサは眉をひそめる。
仮にも「使徒」と言われるエクソシストが、ああも簡単に頭を下げていいものなのだろうか。いやよしんば下げたとしてもあそこまで遜ることはなかろう、額が床に付きそうな勢いだ。

真っ赤な顔でお礼と謝罪を繰り返しつつ、彼女は落とした食事を持って席に着こうとしている。てっきり新しいものと交換してもらうのかと思えば、落ちた物を食すつもりらしい。どうかしている。
周囲の誰かが交換するよう勧めている、当然だろう。しかし「いえ、あの、もったいないですから」と落ちたパンの埃を手でほろっている。
百歩譲ってパンは分かるが、ぐちゃぐちゃになったオムレツまで食すつもりなのではあるまいな、とトクサが呆れたように見ると。彼女は、埃がついたオムレツの汚い部分とキレイな部分を真剣に分けているではないか。

全くもってどうにかしている。我慢出来ずに立ち上がった。

「失礼しますよ、使徒さま」

やや威圧的に彼女の席の横に立つ。突然声をかけられて驚いたのだろう、ビクリと体が反応し目を見開いてトクサを見上げた。

「は、はい?」
「申し訳ありませんね、突然お声をかけてしまいまして。ただ一つ、お聞きしたいことがありまして」
「私にですか?な、なんでしょうか」

「それを、どうなさるおつもりですか」

それ、と嫌悪を含んだ視線が向かう先に食事の皿があり、ミランダは「え、ええと・・」と小さな声で気まずそうに呟く。

「まさか召し上がる・・わけではありませんよね?」
「あの、でも・・もったいないですし。私が悪いんですから・・その、せっかく作ってもらったのに・・」

おどおどしながら見上げる彼女の顔が微かな怯えを見せる。トクサはその姿に軽い苛つきを覚えた。
本当にこの女を、あのハワード・リンクが・・?見たところ全体的に地味でとくに目を引く美人というわけではない。細身で青白い顔の、不健康そうな女だ。
仕種や動きをみても、鈍そうで。頭の緩そうな印象を受ける。これといって特筆すべき魅力は見当たらない。

(・・・やはり、思い過ごしか?)

どこかでそう思いたい自分がいるのも確かである。さっき見た光景が嘘であればいいと。
幼少の頃より何かと敵対意識を持っていたリンク、邪魔でもあったが同時に切っても切れない深い絆もあった。仲間、と簡単に口にするのも嫌だがそれに近い感情である。
そんな相手がたかが女一人で、ああも変わる姿を見たくなかった。

「使徒さま」
「は、はい・・」
「あなたが何を召し上がろうとも誰に申し訳なく思うも構いませんが、それによって体調を崩されたとしたらどうするおつもりですか」
「あ、いえ、私・・昔から体は丈夫なほうですし・・あの、大丈夫です」

トクサは、は、と口元をゆるめて笑う。いや、哂う、といった方がいい蔑みを込めた視線で。

「明日から大きな任務を控えている方とは思えない発言ですね。あなたの体調一つで他の仲間の生死が左右されるかもしれないのに?」

「・・そ、それは・・」
「それとも神に選ばれた『使徒』はご自分の良心の呵責に比べれば、そんなことは小事と傲慢な考えも許されるのですか」
「い、いいえ、まさか・・あの、ご、ごめんなさい・・」

ミランダの顔がみるみる赤くなり瞳は潤んでくる、いまにも涙が溢れてきそうだ。弱々しい声でトクサに頭を下げる。

「そうですね・・私ったら、ほんとうに・・あの、すみません、ありがとうございます・・」

「わたしは何も。もし使徒さまが腹痛にでもなられたら、明日の任務は大変だろうなと仮定の話をしたまでです。それでも召し上がりたいというなら・・お止めしませんが」
「い、いいえ。言ってもらってよかったです・・私、また色んな人たちに迷惑かけるところでした。ありがとうございます」

こちらの善意を信じて疑わないその瞳に、トクサは奇妙な居心地の悪さを覚えた。善意が全くなかったわけではないが、大半が皮肉である。リンクに関しての興味もあったが。
彼女ははトレイを持ち、またもトクサに頭を下げ厨房へと向かう。まっすぐ目的地へ視線を向けているせいで足元に全く注意を払っていないのが傍目からでも分かる、歩きながらつま先が椅子に躓きそうだ。
さっき転んだというのに学習能力はないのだろうか。



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