D.gray-man U





ミランダはガタ、と椅子から立ち上がると、

「私・・私・・」

滲む涙を拭いながら、マリを見る。
マリは戸惑うようなやや複雑な顔で、ミランダを見上げていた。

「どうした?」
「・・・・」

ミランダはラビ達を振り返ると、

「あ、あのね、マリさんは私が迷子にならないように・・送ってくれていただけなの」
「へ?」
「え?そうなの?」
「・・道を、覚えるまでって約束で一緒について来てもらって・・」

言いながら、声がどんどん小さくなる。

「だから・・だから・・」

ミランダはマリにぺこりと頭を下げて、

「ごめんなさい・・マリさん!」
「ミランダ・・?」
「ほ、本当はもう覚えてるんです、道・・」

言ってしまった、と胸がキリキリ痛んだ。マリがどんな顔をしているか恐くて、ミランダは両手で顔を覆いながら続ける。

「つい、あの、マリさんと一緒にいたくて・・嘘をついてたんですっ」

「え?」
「嘘?」
「ミランダさん?」

ミランダの告白が、いまいちピンと来なくて若年エクソシストは顔を見合わせ、リンクは怪訝な顔をした。
マリはテーブルに手をついて椅子から立ち上がり、何か言いかけたが、

「本当に・・ごめんなさいっ!」

ミランダは小さく叫び、マリの言葉を待たずにリナリーとラビの間をくぐるようにして、その場から走り去った。

「えっ、ちょっとミランダ?!」
「どこ行くんさ、オーイ!」

自分達の横を擦り抜けるように、走り抜けたミランダを目で追いながら声をかけるが、彼女は聞こえていないのか、そのまま逃げるように食堂から出て行く。

「・・・・・」
「・・・・」

「あの・・マリ?」

なんとなく気まずい思いでマリを見ると。
マリは再び椅子に腰掛け、考えるようにテーブルに肘をつきながら、拳を口元に軽くあてていた。

「・・・・」

そして、その彼の頬はなぜかいつもよりも赤く染まっている。

「おまえたち・・」

ため息をつくように呟いて。

「いや、まあいい」

ゴホン、と何かをごまかすように咳ばらいを一つした彼は、なんだか普段より嬉しそうに見えた。








言ってしまった。とうとう、言ってしまった。

ミランダは何度か躓き転びながらも、なんとかたいした怪我もなく自室に戻る事ができた。
部屋の扉を後ろ手で閉め、そのまま扉に背を預けながらズルズルと床に座り込む。

「・・言ってしまったわ」

自分の嘘を、告白してしまった。

(マリさん、怒ったわよね)

親切心に付け込んで、彼の時間を束縛してしまったのだから。怒りを通り越して呆れているかもしれない。それに、失望もされているだろう。

しかも・・あんな自分勝手な理由で

(・・理由・・・)

ふと、マリに告げた自分の言葉を思い出した。

『マリさんと、一緒にいたくて』

「あ・・・」

顔がカアッと熱くなる。どさくさに紛れて、なんだかとんでもない事を言ってしまった。

(わ、私ったら・・!)

「い、い、一緒・・って」

赤くなる頬を両手で押さえて、自分が口走ってしまった言葉をもう一度呟く。
床にへたりこんだまま、恥ずかしさと己の情けなさから床に額がつきそうな程、うなだれた。

(な、なんて馬鹿なの・・私ったら)

よりによってなんて事を口走ってしまったのだろう。これでは、ミランダがマリに恋している事がばれてしまうではないか。

「あああぁぁ・・・」

そのまま床に四つん這いにうずくまる。

(あんな噂を聞いたばかりなのに・・これ以上、困らせてどうするのよ)

つい咄嗟に出たとは言え、あのタイミングで言ってしまうなんて。

「でも・・・」

(マリさん・・どう思ったかしら)

優しい彼の事だから、もしかしたら聞かなかった事にしてくれるかもしれない。それか敢えて気を持たせないように、きちんとお断りをされるかも。

(・・・どちらにしても、もう二人きりになる事は避けられそうね)

自分だけに向けられる、あの優しい微笑はもう見られないのだ。

「・・・・・・」

じわり、涙が滲んできて。ミランダの頬をツウ、と伝った。

(自業自得じゃない・・嘘をついていた私が1番いけないのよ)

そう、分かっていても。ミランダの涙は止まることなく流れ続けている。

(ばかな・・ミランダ)

涙がポツ、ポツ、としゃがみ込んで広がったスカートに染みを作る。ミランダはハンカチを出す事もなく、その様子をぼんやりと見つめていた。

《コン、コン》

突然、ノックの音がして。ミランダはびくん、と体が震えて涙が止まる。泣いたせいか頭がボンヤリしていたが、

「は、はいっ」

鼻水を啜りながら、慌てて返事をした。

「ミランダ、その・・わたしだ」
「!!」

その声に、ミランダの心臓は跳びはねる。低音の優しいその声は、ミランダの大好きな人の声。

「マ、マリさん?」

どうして彼がここまで来てくれたのだろう。

(あ・・そうだわ)

真面目な彼の事だから、ミランダの気持ちに応えられないと断りに来てくれたのか。
そう思うと、申し訳なくてたまらない。嘘までついて自分の気持ちばかり優先していた、自分勝手な女の為にそこまでしてもらうなんて。
ミランダはよろよろと立ち上がりドアノブに手をかけたが、顔を見れば泣いてしまうような気がして、扉を開ける事が出来なかった。

「ミランダ、話があるんだ。少し・・いいかな?」

穏やかな声に、彼が怒っていない事を知る。
ミランダの胸にその優しい声が染み込んで、引っ込んだ涙がまた滲み始めた。

「・・マリさん、ごめんなさい」

扉にコツンと額をつける。

「嘘・・ついて、ごめんなさい・・私はひどい人間です」

涙声で、ぽそぽそと呟く。
扉の向こうで、彼はどんな顔をしているのだろう。怒ってはいなくても、駄目な女だと憐れんでいるのかもしれない。
それでも嫌われるよりはずっといい。

《コン》

軽く扉を一つノックされた。

(・・?)

「わたしも・・謝らなければならない」

静かな声が聞こえる。

「その嘘・・実は知っていたんだ」

マリの言葉にミランダは目を見開いた。

「え・・」
「わたしも、ミランダと一緒にいたかったから・・知らないフリをしていた」

少しバツが悪そうに、途切れがちに呟いて。

「・・すまなかった」

扉の向こうで詫びる、その声を聞きながら。ミランダは何を言われているか、よく分からなくて目をパチパチと瞬きした。

知っていた、と。

そして、同じようにミランダと一緒にいたかった、と。

(そう・・言ったの?)

急にドキドキと鼓動が速まるのを感じて、ミランダは胸をそっと押さえる。
それは・・それは、いったいどういう意味なのだろうか。
その意味を考える前に体が先に動いて、気付いた時は手に掛けたドアノブをゆっくりと回していた。カチャ、と頼りない音をさせながら扉を開ける。

「マリ、さん」
「ミランダ」

見上げたマリの顔はいつもの穏やかな表情に、僅かに緊張をにじませていたが、頬は少し赤みがさしていて。
それを見て、ミランダは急に体が熱くなっていくのを感じた。

「・・あの、その・・」

上手く声が出なくて上擦ってしまう。

「ミランダ、怒っていないか?ずっと・・騙していた事になるから」
「怒るなんて・・わ、私こそ嘘ついていたんですから」

否定するように首を振った。
マリはホッとしたように頬を緩ませると、少し気まずそうに頭を掻いて。

「では・・また明日も、迎えに来てもいいかな?」

その言葉にミランダの顔は湯気が出そうに熱くなった。

「・・は、はいっ」

頷きながらマリを見ると、彼はとても嬉しそうに微笑んでいる。そんな様子にミランダはときめきながら、つられるように微笑んだ。

「・・・・・」

ふと、マリの大きな手がゆっくり近づいて、親指が頬に触れる。

「!」

涙の跡を辿るように指がなぞると、マリは僅かに眉間に皺を寄せながら、

「ミランダに・・泣かれるのは、辛いな」

ぽつり、独り言のように呟いた。
触れられた場所が熱く、痺れるような感触を遺す。

「では・・後でまた迎えに来るよ」

囁くように優しく言うと、マリは指を離した。

「え・・・?」

ぼんやりと聞き直すと、

「裏の森の湖に、レンゲが沢山咲いたらしい。ミランダに見せてやりたいんだ」

わたしの代わりに、と穏やかに言って。
軽く手を上げ、ゆっくりと扉から離れると優しい微笑を向けたまま、歩いて行った。

(・・・・)

そんな様子を見ながら、ミランダはフラフラと頭に血が上ったのか、足に力が入らなくて再び床に座り込んでしまうのだった。








「結局・・あの二人、付き合ってなかったんじゃないですかぁ?」

アレンが口を尖らしながら呟いた。

「ほんとよね、単にラビの暇つぶしにのせられただけじゃない」

同じように不満げなリナリーが、煎れたてのお茶をすする。
リンクはもうこの話題に興味は無いらしく、再び持参した本を読んでいる。アレンは熱いお茶に口をつけながらみたらしをひと串持ち、ちらっとラビに目をやった。

「・・・・・・」

ラビは椅子の上で体育座りしながら、両膝に顔を埋めながら何やらブツブツ呟いている。

「ラビ、いつまでそうしているんですか?」

肩を竦めながら、ヤレヤレと言った感じに言うと。

「いいんだ・・オレはどうせ間違いだらけの負け犬なんさ」

弱々しい声がした。

「もうっ、ラビったらどうしたの?」
「そうですよ、さっきマリにいったい何て言われたんですか?」
「・・・・・」

マリは食堂から出ていく前に、ラビ一人だけに何かを言って出て行った。
食堂の隅まで連れていかれ、ものの5分程ではあったがラビには致命傷に近い事を言われたらしく、あれからラビは椅子の上で体育座りを続けている。

「・・・・・」

ラビはアレンをじっと見て、指でちょいちょいと招き寄せる。

「?なんですか」

怪訝な顔で近づいてそのまま耳を寄せると、ラビが耳元でゴニョゴニョと囁いた。

「・・・・・・」
「・・・・で・・さ」
「・・・・・」
「・・な・・」

アレンの顔がみるみる赤くなっていくのを見て、リナリーとリンクが訝しげに見る。

「・・そ・・」

アレンが口元を手で押さえながらラビを見た。
ラビは小さく頷いて、な?と哀しげに笑うと、再び膝に顔を埋めてどんよりとした空気を体に纏う。

「え?な、なに?」
「なんですか・・キミ達は」
「・・・・・」

アレンは赤い顔でチラとリンクを見て。

「・・リンク、いいですか?」
「は?」

リンクの耳元でゴニョゴニョと、聞いた事を伝える。

「・・・・・」
「・・な・・・です」
「!」

リンクの手からバサリと本が落ち、目を見開いてアレンを見る。
リナリーは一人、眉間に皺を寄せながら、

「ち、ちょっと!何なのよっ」

私にも教えてよ!と口を尖らせた。アレンが赤い顔で咳ばらいをしながら、

「リ・・リナリーには教えれません!」
「ええっ?どうしてよっ」
「駄目です!絶対に・・教えられませんっ」
「・・えええっ」

アレンの剣幕に圧されて、リナリーはそのまま頬を膨らませながら三人を睨んだ。

「・・・もう、いいわよっ」

ぷいとそっぽを向いたままお茶をくいと飲み干し、アレンのみたらしを無断で一串取り上げる。

「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・」

三人の男達は、なんとなく俯いてしまう。
実はこちらの会話がマリに全部丸聞こえであった事実と、避妊云々で失敗しないであろう、意外にそっちの経験値が高かった彼のギャップ。
尚且つ三人(言われたのはラビのみだが)の避妊知識の甘さまでさりげに追及され、人は見かけによらないと驚きながら、自分達が経験値ゼロな事も見破られてるらしく。

(・・いつオレが童貞だって知ったんさ?)
(というか・・マリ、なんでそんなに詳しいんだろ・・)
(コーラで洗うのは・・間違いだったのか)

三人はなんとなくマリという男の奥深さを知り、つい無言になってしまうのだった。







この午後。


ラビは森へと出かけるマリとミランダを見かけるのだが、もう身の程知らずな心配をする事なく、暖かな眼差しのまま二人を見守っていたという。
















End

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