D.gray-man U





それはマリにとって、嬉しくもあり淋しくもあり。また、切なくもあった。

自分も本心では、誰かにミランダを奪われるのは嫌なのだ。それが仲間のアレンやリンクでも。


(そして・・・神田でも)


マリは自嘲するように弱々しく微笑すると、そうか、と呟き再び歩き出す。
隣にいる神田は、何かまだ言い足りなさそうに立ち止まっていたが、舌打ちを一つしてマリに近づいていった。


「・・・・・・」
「・・・・・」

無言のまま、二人で階段を上る。行き場所はとくに決まっていない。
本当ならミランダをお茶にでも誘いたいが、この時間は間違いなくアレン達と、リンクが作ったケーキを食べている事だろう。
面白くないが、ミランダがリンクのケーキを楽しみにしているのを知っているから、さすがにその邪魔はしたくなかった。


マリと神田が並んで階段を上っていると、ちょうど下ってくる足音が聞こえる。
体の大きなマリはいったん踊場で立ち止まり、下りの人間を通そうと壁に寄った。

「・・・ん?」
「!」
「!?」

「・・・なにやってんだ?テメェら」

ばったりと出くわしたのは、アレンとリンク。階段を下っていたのは彼らであった。
リンクの手には大きな箱が二つ。どちらも綺麗なリボンが結ばれており、恐らくケーキだろうと思われる。

アレンは二人を見て僅かに目を見開くと、

「・・・・・・ミランダさんは、一緒じゃないんですか?」
探るような目つきで神田を見る。

「あ?テメェらと一緒じゃねぇのかよ」
「お部屋に行ったらいなかったんで。おかしいな、てっきり神田に捕まってるんだと思ってましたが」

首を捻るアレンに神田はせせら笑いながら、腕を組み。

「おおかた、しつこいテメェらから逃げ出したんだろうよ。猫撫で声出してもその腹黒さは透けて見えんだな」
「僕らがしつこい?言わせてもらえば神田たちの方が、しつこい、いやねちっこいですよ。ええもう納豆みたいに匂うほど」
「匂うのはそっちだろうが、毎日毎日アイツのまわりをうろつきやがって、胡散臭え。何企んでやがる」

アレンの胸倉を掴み、鼻先に顔を近づけ睨みつけた。

「は?僕らが何を企んでるんですか?足りない頭で何を妄想してんだか」

鼻で笑いながら、アレンは捕まれた胸倉を払いのけると、負けずに睨み返す。

「おまえら、いい加減にしないかっ」

マリが間に入り、両手で二人を引き離した。

「全く、寄ると触ると・・。アレンも神田も少し冷静になれ!下らない争いはもう沢山だ」
「・・・マリはどうなんですか?」

神田から引き離され、アレンはマリを見て問い掛けた。アレンの胸元にあったマリの大きな手が微かに反応する。

「なに?」
「ミランダさんの事・・どうしようと思ってるんですか?」
「・・・アレン?何を言ってるんだ」

射抜くような視線を感じ、マリはたじろぎ戸惑う。ドキリとした。それは自分でもまだ答えが出ていないから。

「また逃げるんですか?」
「逃げる?」
「答えが出ていないんでしょう?それってつまり覚悟が無いんじゃないのかな」

アレンは責めている訳ではない、淡々とした口ぶりで呟くように言って。

「マリは、ミランダさんより神田が大事なんじゃないですか?」
「!?」

ハッと息を飲む。認める訳ではないが、その問いはいつも胸の内にあった。
けれどマリはそれに気づかないように、考えないようにしていたのだ。

「・・そういうテメェはどうなんだよ」

神田がマリを押しのけるように前に出て、アレンに問う。
リンクが以前から、ミランダを色めいた眼差しで見ていたのは神田も知っていたが、アレンにはそんな気配はない。
だからこそ、アレンがここまでミランダに執着するのが分からなかった。

「僕ですか?もちろんミランダさん大好きですよ」

ニッコリと笑いながら言う姿は、まるで色恋を感じさせない。

「勘違いしないで下さいね、僕の『大好き』は神田やマリ、リンクと違いますから」
「どういう意味だ?」
「僕にとってミランダさんは・・肉親に近い感覚ですね。穢れた欲望はありません」
「穢れ・・ウォーカー、失礼だぞ。わたしはそんな感情でミランダ嬢に接してなどいない」

ずっと黙っていたリンクが、納得いかない様子で片眉を上げる。それに呼応するようにマリも頷き、神田は舌打ちをした。

「そんじゃ、皆さん。ミランダさんとキスとか・・それ以上とか・・したくないんですか?」

「あ?」



キス。ミランダとキス。したいに決まっているだろう。
そりゃ出来ることなら、恋する相手に触れたいと思うのは、真っ当な男なら誰しも思う事だ。

「そ、それは・・」
「いや・・まあ、何と言うか」

三人は示し合わしたように黙り込み、何となく視線を逸らす。その様子を見ながら、アレンは肩を竦めると深くため息をつきながら。

「男女の仲って、深くなればなる程難しく面倒臭いものになると思うんですよね・・師匠を見てるとよーく分かります」
「おい、テメェんとこの色狂いと一緒くたにすんじゃねぇよ」
「別に一緒くたにしちゃいませんよ、第一まだ誰もミランダさんに告白すらしてないし・・」
「なんっ・・」

さりげなく痛い所を突かれ、神田は声に詰まる。

「僕はミランダさんと、そういうドロドロした関係じゃなく、ずっと傍にいてあげたいんです」

ニッコリ笑ったその表情は、まるで天使のように純白だったが、同時に隠しきれない黒さがオーラになって背後を覆っていた。

「ちょっと待てウォーカー、それでは・・もし、もしもミランダ嬢が恋をしたらどうするんだ?」
「・・ひっくり返ってもリンクにはナイと思うけど」
「そ、そういう事ではないっ!」
「そうですねぇ・・・別にいいんじゃないかな?」

腕を組み、考えるように視線を斜めに向けてアレンが呟く。

「なに?」
「ミランダさんが誰かに恋をしたからといって、僕が離れる理由もないですし・・」
「あ?何だと、んじゃテメェは金魚のフンみてぇにアイツにくっついてんのかよ、ずっと」
「失礼ですね、金魚のフンは神田でしょう?まあ、ミランダさんとずっと一緒にいられるなら金魚のフンでもいいけど」

今後ミランダに万が一恋人が出来ても、アレンは離れる気はない。
マリと神田は、ふと自分がミランダといい雰囲気になった事を想像をしたが、同時に傍でアレンがついて来る事に眉を寄せる。

それはかなり厄介であった。

間違いなく、これは自分達への牽制だろう。というかミランダに想いを寄せる男への。
同じ陣営にいるリンクはその点は例外ではないが、彼はいつもアレンと一緒にいるせいか、マリや神田よりは衝撃が弱いようだ。

「まさか、僕程度の存在が障害になるなんて言いませんよね?」

意図的とも言える発言。神田はカンに障ったようで、一歩踏み出すと再びアレンの胸倉を掴んだ。

「さっきから聞いてりゃ、テメェ勝手な事ばっか言いやがって。だから何だよ、関係ねぇよ」
「そうかな?本当は一瞬ミランダさんを諦めようかと思いませんでしたか?」
「思わねぇよ、誰がテメェなんかの事で」

鼻で笑い、胸倉を掴む手をぎゅうと強めた。それは怒りからか、もしかすると決意からなのかもしれない。
神田の気持ちは真っ直ぐだ。真っ直ぐミランダへ向かっている。

マリはそれを眩しく感じるが、どうやら自分も同じようにミランダを想っている事を、今更だが実感した。

「わたしも・・諦めるのは、無理だな」

独り言のように言って、マリは静かに目を伏せる。諦めるにはもう遅すぎる。誰に邪魔されようと、もうミランダへの気持ちは止まらないんだ。

そんなマリを、神田は複雑な表情で見る。
自己犠牲の見本のような男が、自己の欲求に素直になる姿は嬉しかったが、同時に苦しくもあった。
神田の手が一瞬緩んだのに気づき、アレンは胸倉から手を払いのけると、

「どっちにしても、僕はマリも神田も認めません。ミランダさんは僕が幸せにします」

きっぱり言い切り、背後の階段を一段上り腰に手を宛て仁王立ちする。

「ああ?勝手な事言ってんじゃねぇ、俺は認めねぇからな」
「アレン、何と言われようが・・私たちは諦めるつもりはない」

マリが首を振り、自分自身に誓うように固く拳を握りしめる。
そんな二人に続くようにリンクも口を開くが、ふいに現れた声に掻き消された。


「そういう事なのか」


階段を上ってくる足音と共に、低い聞き覚えのある声がして。全員がその声の主を振り返る。
咄嗟に神田の顔が引き攣り、マリの顔は強張る。それは師匠のティエドールであった。

「し、師匠・・」
「え・・ティエドール元帥?」
「何しに・・いや、何ですか?」

ティエドールはゆっくり階段を上って、よく見るとその背後にはミランダが立っている。
今までの話を聞いていたのか、ミランダの顔は赤く染まり俯いてティエドールの背に隠れていた。

「さて、ちょっといいかな?」

ティエドールは四人を見回すと、咳ばらいを一つした。



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