D.gray-man U






デコレーションを失敗したケーキを、既に二つも食べているアレンを軽く睨みリンクは箱にリボンをかけた。

「僕だってさすがに同じケーキ三つも食べたくないですってば。あ、でも次はビターなチョコがいいなあ」
「ガトーショコラなら昨日食べたでしょう?」

「ほら、あったかいヤツ・・中からチョコレートがトロッとした」
「ああ、フォンダンショコラですか?」

「そうそう、それ。前にミランダさんに話したら凄く食べたがってたんですよねぇ」

その言葉にリンクの手が止まり、ハッとしたようにアレンを睨む。

「なっ・・!どうしてそれを早く言わないんだっ。くそっ今からではコートジボアール産のクーベルチュールがっ・・」
悔しそうに歯ぎしりするリンクに、曖昧に笑いながら。

「いや・・だってさっき思い出したんですよ」
「ああもう、君はいつも肝心な時にツメが甘いんです。今朝だってあと5分早く起きていたら、彼らに遅れを取ることはなかったのに!」

「だって朝はお腹空きすぎて上手く体が働かないんですよ・・すいませんね」

苦笑いしながら、紅茶をもう一杯入れる。
リンクにアレンの声はもう届いていないらしい、調理場にあるチョコレートを慌ただしく選別し始めていた。

(・・・・)

アレンはリンクのこういう一途さは、素直に凄いなと思う。
毎日毎日ミランダの為に手の込んだケーキを作り、紅茶の種類やそれに垂らすブランデーまでこだわり尽くす。
今もアレンが軽くついた嘘を本気にして、フォンダンショコラを作っているのだ。

(それが・・実にはならないのが残念なとこですけどね)

いざミランダの前に出ると緊張して、上手く話せないリンク。
自分が作ったケーキを、美味しそうに食べるミランダの姿を見るだけで嬉しいらしい。いじらしいにも程がある。

ミランダと目が合うと、頬を染めて慌てて逸らす。そんなリンクの純情っぷりにアレンは内心安堵も抱いていた。


「・・安全面ではピカイチですからね」


紅茶を一口飲み目を細めると、リンクが何の事やらと怪訝な目でちらっとアレンを見た。
けれど、すぐに視線を手元の小麦粉に戻し、忙しく作業を再開した。





◆◇◆◇◆



中庭の紅葉に隠れるように、ミランダはベンチにそっと腰を下ろす。
思わずため息が漏れ、ふと周囲に誰もいないか辺りを見回した。

(誰も、いないわよね・・?)

ミランダは一人であることを確認すると、次は安堵のため息をつく。今は一人でいたいのだ。
自分がこんな事を思う日がくるとは、思いもよらなかった。ずっと孤独と友達だったというのに・・。

(だって・・)

自分がいると、どうしてか周囲に争いが起きてしまう。
今朝もそう。アレンと神田が言い争っていると、マリとリンクも何故か険悪な雰囲気に変わっていた。
最後はリナリーまで怒った様子になり、ミランダはどうしてそうなるのか分からず、ただオロオロとするしかなかった。

もともと、寄ると触ると言い争いを始めるアレンと神田ではあるが、最近のは言い争いを越えて喧嘩だと思う。
あの温厚なマリと親切なリンクまでそうなるのには、ミランダは悲しくなった。


(きっと・・私が原因なんだわ)

理由は分からないが、そうとしか考えられない。

もしかしたらこの不幸を呼ぶ体質が、ここのとこの幸せに反発して、とてつもないエネルギーを出しているのかも。
自分で言うのも切ないが、今までマトモに幸せだった時期などない。
つかの間に良かった時期はあるが、すぐにそれ以上の不幸が待ち構えていた。

(・・・・・)

もし、自分の不幸エネルギーが皆の不仲の原因だったらどうしよう。
そうなら、なるべく皆の側にいない方がいいのではないだろうか。

スカートをきゅっ、と握り悲しそうに目を伏せる。もうすぐお茶の時間だ。
いつもはリンクのケーキを食べ、アレン達と楽しくお茶を飲むのだが、ミランダはまだベンチから立ち上げれないでいる。


「おや?」

「!」

突然、ベンチの背後からした声に、ミランダは驚きビクンと体が反応して。
思わず振り返ると、そこにいたのはティエドールであった。

「あ・・げ、元帥」

「奇遇だねぇ、何してるんだい?こんなとこで」

「え?ええと・・その・・」
何となく気まずくて、ミランダは顔を俯く。

ティエドールは不思議そうにミランダを見て、手に持ったスケッチブックとイーゼルを地面に置いた。

「どうしたんだい?随分浮かない顔をしているようだけど」
「・・・い、いえ、その」
「なにか心配事でもあるのかな?」

そう言って優しそうに微笑み、まるで父親のような仕種でミランダの肩をぽんと叩く。
ほのかに絵の具を薄めるテレビン油の匂いがして、ティエドールらしさに思わずホッと顔から力が抜けた。

マリと神田の師匠であるこの元帥を、ミランダはとても尊敬している。
温厚で誰にでも優しく、弟子ではないミランダにも父親のような愛情を向けてくれるのだ。

ティエドールは、よいしょとミランダの隣に座り、ベンチの側にある紅葉を見上げた。

「ああ、ずいぶん色づいたねぇ」
「え?・・あら、本当に・・」

赤や黄色、橙に染まった葉を眺めながらミランダは目を細める。
ちらちらと踊るように葉が落ちる様は美しかった。

ティエドールは軽く身を屈めて地面に落ちた紅葉を一枚拾うと、少し悪戯っぽく笑いながら。

「これね、油で揚げると意外に美味しいんだよ」
「えっ・・食べれるんですか?」
「うん、ジェリーに言って作ってもらう?」
「い、いえ・・あの、落ち葉なのに食べれるんですね・・」

渡された葉をまじまじと見ながら驚いたように呟くと、隣のティエドールが慈しむような瞳で自分を見ているのに気づいた。

「元帥?」

ティエドールの手がすうっと伸びて、ミランダの頭をゆっくりと撫でる。

「何か悩みがあるなら・・打ち明けてくれると嬉しいんだけどな」
「え・・・」
「ね?」
「・・元帥・・」

優しく頭を撫でられて、ミランダはなんだか泣きそうになった。
家庭的にもあまり幸せではなかったから、こういうのが父親という物なのだろうかと思う。

眼鏡の奥の優しい瞳を見ると、胸の中がじんわりと暖かくなってきて。


(・・元帥に、相談してみようかしら)


躊躇いつつも、ミランダは口を開いていた。





◆◇◆◇◆



「・・少しは落ち着いたらどうだ?」
「ああ?」

イライラした様子の神田に、マリは困ったようにため息をつく。
まだ今朝の事を引っ掛かっているらしい、修練を終えた今も発散しきれない熱を周囲に撒き散らし、辺りの空気を重くさせていた。

やれやれ・・と声には出さす、マリは頭を掻く。

ここのところのアレン達との諍いで、神田の眉間のシワはさらに深くなったようだ。
元々アレンとは事あるごとに衝突する方だったが、ミランダが絡んでからそのぶつかりの度合いも激しい。
その度にマリは、いつ双方がイノセンスを発動するかと、気が気でなかった。

(まったく・・困った事だな)

毎朝アレン達に出し抜かれる事が多く、今朝は神田自らミランダを迎えに行ったのだ。
朝と言ってもまだ夜明け前だったから、ミランダにとっては有り難くなかったろうが・・。

(ミランダ・・)

マリは彼女の様子が、最近沈んでいるのを気づいていた。

おそらく、その原因は自分達だろう。アレンと神田だけでない、マリも大人げなくムキになってしまい、リンクと言い争う事もしばしばあった。
その度にミランダが悲しそうに、そしてどこか申し訳なさそうに周囲に気を使うのだ。


「・・・なあ、神田」
「なんだよ」
「もう、やめないか?」
「何を、だよ」

廊下を歩く神田の足がぴたりと止まり、睨む。その視線はマリが何を言おうとしているかを、分かっているようだ。
マリはやや俯き、何かを思うように目を伏せると、

「おまえも分かっているだろ?・・ミランダを困らせているのを」
「・・・・」
「これ以上は、彼女を追い詰めてしまうような気がするんだ」
「マリ、おまえマジで言ってんのかよ」

低く、怒りを含んだ声で神田は呟くように言う。

「・・・くだらねぇな、テメェはそうやっていつも他人の事ばっかじゃねぇか」
「他人?ミランダの事だろう?」
「だからなんだよ、おまえ嫌じゃねぇのかよ?言っとくが・・俺は嫌だからな!」

苛立つ様子で舌打ちし、目を剥いてマリを睨みつけた。

「神田・・」
「嫌なもんは嫌なんだよ、ここで尻尾巻いて逃げるつもりか?それこそモヤシ共の思う壷じゃねぇか」
「・・・・・」

嫌なものは嫌。とても単純な言葉だが、マリは神田のミランダへの想いを改めて実感する。アレンというライバルが刺激になったせいか、以前よりずっと強く真っ直ぐだ。

(誰かに執着することなど考えられなかった・・あの神田がな)



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